ある魔法使いの苦悩61 白虎
今度は白虎は私たちが近づいてもそのままでいた。
サラはすでに白虎の目の前に立っていた。こうして比べるとサラが小さいのを念頭に置いても白虎の姿はとても大きく見える。普通の虎のサイズだと思っていたのは距離があったからだったようだ。
「ファーレン」
追いついた私をサラが振り返り見る。
「サラ、あまりひとりで行かないでくれ。私も一緒に行くから」
「ごめんなさい。トラさんが呼んでいるような気がしたから」
やっぱりか。青龍のときもそうだった。どうやら四獣とサラにはなんらかの繋がりがあるようだ。その繋がりが四獣の元へサラを呼び寄せ、そしてサラは四獣の魂に触れる。
エルフの長の言葉を借りればサラは器だ。状況から四獣の器という意味で間違いない。つまり、サラを入れ物として四獣の魂がすべて収まるということだ。
青龍のときは子どものドラゴンを救助するという目的で訪れ、結果としてそれが青龍だった。サラは青龍の心に触れて、弱っていた青龍をサラの内側に取り込むことで助け出した。同じように白虎、玄武、そして朱雀も救助することになるだろう。
だが、それは正しいことなのだろうか。私はついそう考えてしまう。
サラはまだ幼い女の子だ。そんな小さな子がそこまで大きな因果に巻き込まれていいのだろうか。そもそも四獣を取り込むなんてことは私は見たことも聞いたこともない。私の知る四獣は伝説の生き物だった。
「サラは白虎の声は聞いたのか?」
「ううん……呼んでいるというのも、そう感じただけ」
「そうか……」
私は白虎の姿をしっかりと目に焼き付ける。私が立っている目線よりも白虎の顔の位置が高い。つまり、見下されている形だ。対の足は大地をしっかりと踏み締めて背筋もピンと張っている。人で言えば貴族のような、高貴な雰囲気を感じる。
琥珀の瞳は油断なく私を見据えている。
私はその視線を真っ向に受け、それでも数歩前に足を踏み出した。それでサラよりも前に歩み出たことになる。
「ファーレン?」
「大丈夫。ちょっと白虎と話をしてみるだけだよ」
話が通じるかはわからないが、四神たる存在でもある白虎だ。言葉が話せずとも意思は通ずるかもしれない。
「白虎よ。おこがましいことだとは思うが、私たちはあなたを救い出しに来たんだ。見たところ、どこにも衰えている様子はないが、私たちに会ってくれたのは何か理由があるのだろうか?」
「……」
白虎はじっと私を見つめている。視線も姿勢もまったくブレない。まるで剥製のように綺麗な姿勢を維持している。
「ファーレン。トラさんとお話できているみたいだよ」
「本当かい? 反応がないから私にはわからないが、もう少し伝えてみるか」
サラが私の手をギュッと握ってきた。
「あなたはサラの中に眠ることを受け入れてくれるのかい? それとも私たちに救われることを望まないのかい?」
「……」
「白虎よ、あなたは私たちに試練を課した。そして私たちはそれを突破した。それが、あなたが私たちと会った理由と思って構わないだろうか?」
私の問に、白虎が静かに目を伏せる。ようやく動きがあったが、これは肯定の意味だろうか。
「ねぇ、ファーレン。トラさんが私の中に入りたがってるみたい……どうすればいいの?」
「白虎の声が聞こえたのかい!?」
「うん……なんか、身体を貸してほしいって。そう言ってる気がする」
「身体を貸してほしいか……」
私は白虎に視線を戻す。再び正面を見ていた白虎の琥珀色と目が会う。
「サラは……それで構わないのか?」
「うん……わたしはわたしにできることがしたい。トラさんがそうしたいなら、わたしはそうさせてあげたいの」
「そうか…………。サラがそう決めているのに私が止めるのは筋違いだ。青龍のときと同じになると思うけど、危険はないのかい?」
「危険は……ないと思う。ドラゴンは弱っていたけどとっても大きな力だったの。だから、トラさんも大きな力だから同じ感じになっちゃうかもしれない。おねがい、ファーレンも力を貸して」
「当然だ。私も力になるよ……と言っても手を握ったりするくらいしかできないけどね」
「それでもいい。それだけでいいの。……じゃあ、ちょっとだけ待っててね」
サラはスッと進み、白虎の背に手を触れる。真っ白でフワッとした毛並みは触るととても気持ちが良さそうだ。サラもそうだったようで、ゆっくりと撫でながら柔らかい笑みを浮かべている。
「ファーレン! 白虎様は大丈夫だろうか?」
「ボクたちを置いて走っていかないでよ。戦闘終わったばかりで疲れていたんだからね」
シンクとメルティも私たちのあとを走って追いかけていたようで、メルティだけが肩で息をしていた。シンクは体力が無尽蔵なのか涼しい顔だ。
「優雅に立っているようだけど、やっぱり弱っているみたいだ。サラに白虎の声が届いて、サラが身体を白虎に貸してあげることになったんだ」
「身体を貸す? そんなことをして平気なのか?」
シンクが眉をピクリと跳ね上げた。
「わからない。だが、サラが大丈夫だと言っている。私はただそれを信じるしかない。いや、信じないといけない」
「いざというときはどうするのさ?」
「いざというときなんてない」
不安そうな顔をしているメルティに向けて、私は強い視線を返した。
「サラなら大丈夫だ。サラは私の自慢の娘だ。その娘が自分からやると言ったことだ。ここでその気持ちを信じて任せないでどうする? それが親の役目というものだろう」
「うわぁ……ファーレンって意外と熱いんだねぇ。でも、いいこと言ってると思う! うん、ボクはむしろそんなファーレンを応援しちゃいたくなったよ!」
「……やめてくれ。頑張っているのはサラだよ」
「謙遜するねぇ。無条件で信じるって、実際難しいことだと思うけどね。まぁ、ファーレンがそう言うならボクもサラを応援するよ! がんばれー、サラー!」
メルティは拳を振り上げながらやいのやいのと掛け声をかける。応援の仕方が合っていない気がするけど、今日会ったばかりでさらに不審者扱いをしていた私やサラに対して素直に応援するメルティに好感が持てた。単純で素直。やっぱり男の子みたいな感じなんだな。
「メルティ、あまりうるさくするとサラが集中できない。ほどほどによろしくたのむよ」
「うん、わかったよ。サラ、がんばって」
メルティは振り上げていた拳を下げ、ギュッと握り込んだまま胸の前で小さく前に動かしていた。
「白虎様の滅びは私も望まない。小さなサラにすべてを委ねないといけないのが歯がゆいが、これも長の言っていたサラの役割なのだ。そしてそれを護るのがファーレンの使命だ。私はそんなふたりを守ろうじゃないか」
「ふたりともありがとう」
私は奇妙な縁で知り合ったふたりに感謝の意を示す。





