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居酒屋『冒険者ギルド』  作者: ヒース
第2話 ある魔法使いの苦悩(後編)
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ある魔法使いの苦悩56 話が噛み合わない

「なんだよ。ケチ」


 精霊使いの女はようやく落ち着いた。私は散々抱きつかれていたので心臓がバクバクだ。向こうはただ単にサラに近付きたかっただけだから私に対する感情はないに等しい。邪魔な壁みたいなものだろう。


 透き通るような紫の瞳で私を睨み付け、サラと接触させないことに文句を垂れる。


「キミが怪しすぎるからだろ」


「ボクは怪しくなんかないって。何回言ったらわかるの?」


「何回言ってもだ」


「もー、なんなんだよー」


 それはこっちのセリフだ。なんなんだ、こいつは。興味は完全にサラだけだ。私はいいとして、すぐ横のエルフに興味を示さないのはどうかと思う。


「ファーレン、このまま問答を続けるのか?」


「そうしたくはないんだけどね。でも、話が通じないからなぁ」


「ボクはちゃんと話のわかる奴だよ。あんたがしつこいんだよ」


「そう来たか。では、ちょっと腰を落ち着けて話をしようか」


 私は地面をトントンと指差す。そして、まず自分が枯れ木に座る。湿っていたらどうしようかと思ったが、カラッカラだ。


 精霊使いの女は「えー、どこ座ればいいんだよー」と言いながら、なぜか私の座る枯れ木に腰を下ろした。近い! 狭い!


「じゃあ、ちゃんと話せばサラを調べてもいいの?」


「ちゃんと話してくれるのはありがたいが、サラを調べていいかどうかは別の話だ」


「なんだよ、それ。それだとボクが損するだけじゃないか」


「ギブアンドテイクだ。まずはキミから情報を開示してもらう。じゃなきゃ、やっぱり捕縛するしかない」


「捕縛はやめようよ。だって、ボクは何もしてないじゃないか」


「確かにそれはそうなんだよね。何もしていないんだけど、何かをしそうなのが不安しかない」


「何にもしないとは言えないかもねー」


「する気かよ!」


 おっと、鋭くツッコんでしまったぞ。どうどう、落ち着けファーレン。外面では特に空気を大事にするべきだ。


「しないよ。たぶん」


「……もうツッコまないぞ」


「なんだよ、ツッコんでいいのに」


「……キミはいったい何を言っているんだね?」


「んー、冗談?」


 この女はやっぱりどこかのネジが外れていないか? 会話が成立したと思ったらすぐに逸れる。わざとやっているようだし、実は頭がいいのかもしれないが、発揮の仕方が間違っていると思う。


「うーん……あんたがあまりにも頑固だから、ボクもう疲れてきたよ」


「私も同じ言葉を返したいけどね」


「仕方ないなぁ。もうあんたを納得させるにはボクがちゃんと話すしかないんだよね?」


「最初からそう言ってると思うが?」


「はいはい。わかりましたよ」


 そう言うと精霊使いの女は立ち上がった。恋人かってくらいピッタリとくっついて話をしていたのは実のところ緊張していた。性格的に女性というより子供だが、見た目と体付きは女性のそれだけにあまりパーソナルスペースに入り込んでほしくない。


「どこから話せばいいんだろうなぁ」


「好きなところから話してくれればいいよ」


「そうだなぁ。じゃあぶっちゃけるけど、サラって人間じゃないでしょ?」


「…………どうしてそう思う?」


「ボクが精霊使いだって話をしたよね。あんたなら精霊使いが何をするかはもちろん知っているよね?」


「精霊の力を借りて魔法に似た効果を起こす精霊魔法を使う、だな」


「大正解ー! それにもうひとつ、精霊のコントロールもできるんだよ。それも知ってた?」


「知っているよ。私は技術はイマイチだが、その分知識量は確保しているつもりだ」


「凄いね。尊敬するかも」


「キミに尊敬されてもな。あんまり嬉しくない」


「えー、なんでー? 尊敬されて喜ばない人がいるとか驚きなんだけど。特に、あんたみたいな学者タイプならなおさらじゃないの?」


「きちんとした功績が評価されて、それで尊敬されるなら私も嬉しいよ。でも、そんなんじゃないからね」


「ふーん、めんどくさいね」


 本当にめんどくさそうに言われるとちょっとカチンと来る。精霊使いが何者かなんて魔法について勉強していれば常識みたいなもんじゃないか。それを褒められたら逆に馬鹿にされたように思っても不思議じゃないだろ。


「話を戻すよ。その精霊使いのボクが興味を持っているってずっと言ってるんだよ。つまりはそういうこと」


「……サラが精霊だとでも言うのか」


「大正解ー! なんだ、わかってるんじゃん。そうだよ、ボクはサラから精霊の力を感じているんだよ。それも物凄く強い、今まで感じたこともないくらいの存在感をね。たまたま王都から出て行こうとしたときにサラを見かけたから、もうそれは興奮の坩堝さ」


「あれで興奮の坩堝? ほぼ動かないでサラをずっと見ていただけに見えたが」


「そりゃ、いきなり初対面未満で食い付いたら絶対引かれるじゃん。まず様子見は魔法使いの鉄則でしょ? もう大変だったんだからね」


 大変だったのは抑え切れない好奇心を衝動に任せてぶちまけないことか。なるほど、ただの阿呆ではないようだな。多少なりとも分別はつく。私たちに見つかってしまったから、今は歯止めが効かなくなっているだけか。


「本当は別の場所に行くつもりだったんだけど、なんとかサラの正体が見えないかなーってあとをつけていたんだけどね。もうちょいってところであんたらいなくなっちゃったから」


「もうちょいっていうのは?」


「サラからとんでもない火属性の力が発揮されていたから、いよいよ覚醒するのかってもうドッキドキだったよ!」


「トレントの戦いのときか。そんなに近くにいたのか? まったく気が付かなかった」


「そりゃ気配隠せるからね。そのときは上手く隠れられていたんだけどなぁ。今回見つかったのはそこのエルフがズルいからだよ」


「私が?」


「そうだよ! なんで同じように気配消しているのさ!? しかも、なんでボクだけ見つかるんだよ」


「私がエルフでおまえが人間だからだろう?」


「種族の差は卑怯じゃないか!」


「……私はそうは思わない。人もエルフもそれぞれだろう?」


「いーやズルい! だってエルフって言えば無限の魔力を持つって言うじゃん。人間の魔力なんてたかが知れてるし、容量が違うのが生まれのせいじゃどうにもできないじゃないか!?」


「私は魔力を持たないぞ。それでもズルいし、卑怯か?」


「……エルフなのに?」


「ああ。エルフなのに、だ」


 あんぐりと間抜けに口を開ける精霊使いの女に対し、シンクは冷静沈着だ。やや憮然として見えるのは魔力のないことを暴露したからだろう。確かにエルフといえば豊富な魔力を持つのが一般的という話だ。もちろん例外はある。それがシンクのような戦士タイプなのだろう。


「……ゴホン! とにかく、あんたとサラが急にいなくなったときにはどうしようかと思ったんだよ。トレントは邪魔だし、森の中でどこにいるかわからなくなっていたし」


「あのトレントたちがいたのによく無事だったね。どうやって切り抜けたんだい?」


「えっ……? 普通に木に戻したけど?」


「それ……本当なのか」


「だからボクは精霊使いだって言ってるじゃん。トレントって木の精霊なんだよ。ただ、ああやって凶暴化していると手に負えないから普通は倒すんだけどね。でもボクなら彼らを精霊の状態に戻せるからね。トレントは精霊の状態だと普通の木とおんなじなんだよ」


「倒すことばかり考えていたが、その方法はさすがに想定できなかったな」


「想定できてもそんなことできないでしょ? 魔法使いなら燃やせば一発だよ。剣士なら斬ればいいしね。凶暴化したトレントを元に戻すほうが異端児だと思うけどね。あんまり意味ないし」


 しれっと言っているが、凶暴化した精霊は魔物と同義だ。もはや精霊の姿を捨てたに等しい。それを元に戻すというのは相当な力量や知識が必要だ。簡単にできる技術ではない。


 私はこの精霊使いが実はとんでもない化け物なんじゃないかと思わざるを得なかった。

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