ある魔法使いの苦悩53 エルフからの贈り物
「そうそう、ひとつ忘れていました」
エルフの長がポンと手を打ち鳴らす。
「サラ、こちらに来てください」
「え?」
サラは私を見た。私はサラを促すように頷いた。サラも私に頷きを返した。
「あなたは火属性の持ち主のようなので、この森では魔法を使うことは控えてください」
「……ごめんなさい」
やはりマズかったか。妖精の森に入ってすぐに解除したとはいえ、大森林ではわずかに火種を生じさせてしまい、ヒートハンドに落とし込んだものの火属性の魔法を使っていた。森で火属性はとても危険だ。咎められても仕方のないことだ。
しかし、あのままではトレントにやられていた。不可抗力だということを説明するしか——
「いえ、責めているのではありません。」
私が踏み出そうとする前に、エルフの長がうなだれるサラの顎に手を添えて自分に顔を向けさせた。
「あなたのような幼い者が魔法を制御するのは難しいでしょう。サラの潜在能力はかなり高く見えます。下手に暴走させてしまわないようにコントロールする術を差し上げます。腕を前に伸ばしなさい」
サラは言われるまま右手を前に伸ばした。エルフの長は左手でサラの手を取り、空いている右手でその手の甲に軽く触れる。
エルフの長は目を閉じると、何やら呪文を唱え始めた。優雅な歌のような旋律で私の耳に心地良さを運んでくる。
「これで魔法の暴走は防げるはずです。あと、これも差し上げます」
右手を離すとサラの手の甲に薄く文様が描かれていた。魔方陣に近い形に見える。見ただけでは効果はわからないが、エルフの長が言うように魔法の暴走を防ぐことができるのだろう。
エルフの長はサラに指輪を手渡した。小さくてよく見えないが、蔦が細かく編み込まれた非金属の指輪だ。宝石に代わりに飾られているのは——黒いバラのような花。金属製の物をあまり身に着けないというエルフならではの指輪だ。
「これは……?」
「魔法を使う際に支援してくれる魔導具です。普段からあなたの魔力をちょっとずつもらって溜め込む性質があります。火属性を溜め込んでいけばその花の色が赤く色付くことでしょう」
それで黒いのか。なかなか精巧に作られた魔法道具に私は興味を奪われた。もし私が着けたら何色になるのだろうか?
「あの……ありがとう」
「いいのですよ。あなたが立派に魔法を使いこなせるようになることを期待して、わたくしからのささやかなプレゼントです」
「うん。わたし、がんばる」
「ふふ、その意気ですよ。前途多難な若者の助けになれればわたくしも嬉しいのですから」
エルフの長の口から若者と出るのに違和感がある。サラと並んでもちょっと年上のお姉さんといった感じだ。整えた髪や厳かな衣装や話し方で威厳がかさ増しされている。エルフというのはやっぱり神秘的で魅力的な存在だな。
「さて、わたくしからの贈り物はこれですべてです。あとはあなたたちの活躍にすべてかかっています」
「いろいろとありがとうございます。本来なら私がやらないといけないことなのに」
「まだ始まったばかりですよ、ファーレン。サラがちゃんとまっすぐに進めるように支えるのはこれからなのですから」
「そうでしたね。長からの御恩に報いるように努めます」
「あとひとつお願いなのですが……」
「……なんでしょうか?」
「シンクのことも育ててもらえませんか? あの子もまだ若木ですが、いずれはこの森を護る担い手になります。それまでに、世界を見せてあげて欲しいのです」
「私にできるのであれば……シンクさんが嫌がらなければですが」
「ふふ、無愛想でしょう? 昔はよく笑う子だったんですけどね。いつの間にかあんな堅物になってしまいました。どこかで育て方を間違ったんでしょうか」
エルフの長と私の視線を受けてシンクさんはバツが悪そうに目を逸らした。
「あなたたちの世界ではエルフはとても貴重な存在になっているはずです。シンクを狙う者がいるかもしれません。あの子は自分の身は守れるはずですが、ひとりでは限界があります」
「私の所属している新魔法研究所はサラのことも受け入れてくれています。きっとシンクさんもあそこならば問題なく過ごせると思います」
「それはありがたいことです。どうしたってこの耳が目立ってしまいますからね。強い庇護があれば安心できます」
「白虎を助け出せたら、シンクさんのことを所長に掛け合ってみます」
「そうですね。まずは白虎を助け出してからの話です。あなたたちを受けれているので姿を隠すようなことはないと思いますが、大森林はとても広い。うまく出会えると良いのですが」
エルフの長がまた形のいい顎に手を添える。スッと長いまつげの目を閉じてしばらく考え込む。すぐにパッと目が開いた。
「まぁ、なるようになるでしょう。がんばってくださいね」
最後の最後に拍子抜けするほど適当なアドバイスが飛んできた。エルフの長といえど一から十まですべてを把握しているわけではないし、すべての答えを持つわけでもない。万能すぎる存在ではないことに私は逆に安心した。
「それでは、行ってきます」
私はエルフの長に礼をすると、サラとシンクさんを引き連れて神秘の泉の間をあとにした。





