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居酒屋『冒険者ギルド』  作者: ヒース
第2話 ある魔法使いの苦悩(後編)
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ある魔法使いの苦悩42 移動馬車

 朝早くに出発する王都発の馬車で東に向かう。


 途中に何も寄るところがないため、大森林の近くの町まで直行する形だ。目的地はかなり遠いのだが、通常の馬車が途中途中の町にかなり長い時間立ち寄るのに対して、今回はそれがない。


 ガタガタと揺れる馬車には私とサラ、それから商人風の男とその護衛ふたり、老夫婦、明らかに流れの魔法使いの女がひとり乗っていた。隙間には荷物が積まれている。荷馬車ではないのでやめてほしいところだが、直行便だと途中で乗る人も増えないため空いているスペースの有効活用とのことだ。


 厳密には違法だが、それで運賃が多少なりとも安くなるのだから喜ぶ人もいる。制度としてちゃっかり採用されているが、検問がある場合はかなり絞られる。罰金を払えば済むが、その科料が絶妙に安いのでこうして移動馬車が荷馬車として使われることになっている。


 私のように嫌がる人のほうが少ない場合は慣習が法を凌駕することもある。違法とわかっていても利便性を優先してしまうのは別にこれに限った話じゃない。個人の利益にだけ繋がるようなら厳罰化してほしいが。


「なんだか楽しいね」


 サラは移動馬車の幌にいくつか取り付けられている小さな採光窓から外を眺めている。ただただ平坦な景色が流れていくだけだが、サラにとってはそれも楽しいのだろう。それともこうした旅そのものが楽しいのかな?


「まだまだ時間がかかるから、あんまり無理せずに疲れたら寝てしまっていいからね」


「うん。わかった」


 サラはニコッと私に向けて笑顔を浮かべると、再び窓の外を眺め始めた。


 老夫婦が私たちの様子を見て人の良さそうな笑みを浮かべている。サラの年齢ではもう孫ではなくひ孫くらいかもしれない。無条件で可愛く思えるのだろう。私は彼らに軽く会釈をした。


 商人風の男はそれなりに揺れる馬車の中にも関わらず、何かの書面を必死にめくっては何かを書き込んでいた。両サイドに座る護衛の戦士たちはまるで彫像の如く動かない。腕を組んで足は大股。いざというときにすぐに動ける重心になっていることは私でもわかる。商人にとっては頼りになる護衛なのだろう。信頼がなきゃ、あそこまで夢中で書類と格闘できない。


 私はふと右手側から視線を感じた。


 馬車の角に座ってフードを目深に被った魔法使いの女がこちらを見ている。私か? ……いや、視線が少しズレている。サラを見てるのか?


 魔法使いの女は私が自分を見ていることに気が付いたのか、すーっと俯くように視線を外した。腕を組み、足も組んでいる。その様子は眠っているようにも見える。


 たいしたことではないのかもしれないが、私は少し気に留めておくことにした。サラのような小さな子が珍しくて見ていただけかもしれないし、そもそもサラのことを見ていたわけじゃないかもしれない。


 でも、念には念を入れておこう。ちょっとしか見えなかったが、魔法使いの女の顔は記憶にインプットしておいた。



   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「ファーレン、木が多くなってきたよ」


「……本当だね。だいぶ近付いてきたかな」


 窓から見える景色はつまらない平坦なものがかなりの間続いていたが、いつの間にやら気が点在するようになり、それはやがて密度を増してきた。


 これから向かう場所は大森林と呼ばれている広大な木々の群生地だ。王都から離れることでマナのバランスが崩れ、湿度の高い空間や大地が木々の育成を促進している。背も高く、葉も生い茂り、一番の密集地では陽の光が地面にまで届かないとも言われている。広大な森林の中は目印なしでは迷ってしまうため、実際に深くまで入った人はほとんどいない。


 白虎らしき子虎が目撃されたのも、どちらかと言えば森林の外側、まだ人が足を踏み入れても問題がないエリアだ。自然の恵みたる実りを採りに森に入ることは普通だ。兎などの小動物も食料として重宝されている。あまり深く入るとそのまま行方不明になることもある。近くの町ではある一定以上のエリアに子供が足を踏み入れないように、迷信にも近い怖い話を流すようにしているという。それでも、子供の好奇心は止められず、年に何人かはやはり行方不明になってしまうようだ。


「この馬車は大森林の近くの町で終着点になるから、そこでまずは一泊しよう。宿が空いているといいんだけど」


「美味しいごはんはあるかなぁ?」


「ははっ、サラは食いしん坊だな」


「だって、美味しいごはんを食べると、ふわーって幸せな気持ちになるんだもん」


「そうだね。私もそれはわかるな。どうせなら毎日美味しいごはんを食べたいよな」


 私とサラの呑気な会話に、老夫婦がクスッと笑い声を漏らした。ごめんなさいね、奥さんが微笑みながらそう言った。私はまた笑顔を浮かべたまま会釈をした。


「近くの町での情報は貴重だから、実際に見た人たちの話を聞けるといいんだけど」


「トラさん、いるといいね」


「ああ。そのために私たちはここまで来たんだからね」


 また視線を感じた。やはり女魔法使いの位置からだ。


 腕を組み、足を組んだ姿勢はずっと変わっていない。凝り固まりそうだが、あれで落ち着くのかもしれない。フードの隙間から見える紫がかった目はやたらと鋭い。こちらを値踏みでもしているのか?


「何事もなく無事に終わるのを期待しているよ。今回は私とサラだけだ。想定外のことが続くと対処し切れるかが不安になる」


 私はチラと横目で女魔法使いのことを観察した。スラリとした細身で武器のような類は持っていなさそうだ。強力な魔法を使う場合は魔導具のサポートがないと難しい。アメリア君のように相当な力量であれば別だが。


 魔導書も吊り下げていないし、指輪もしているようには見えない。ローブで見えないが、ブローチやベルトが支援具の場合もある。ここまで軽装であればいきなり私たちに襲いかかってくるということもなさそうだ。


 視線は気になるものの、現状では無害と判断するしかない。



 移動馬車はガタガタと揺れながら、しばらくして目的の町に到着した。

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