ある魔法使いの苦悩37 帰還
ドラゴンを救出した私たちは、サラが落ち着いて体力が回復するのを待ってから下山することにした。空洞から出るためにはどうしてもまた水中をくぐり抜けるしかない。
一時的にとはいえ身体から魂が離れていたサラが通常状態とは思えない。しばらく休んで問題ないかをしっかりと確認してからでも遅くない。無理が祟って倒れられでもしたら大変だ。
幸い、あれほど大きなドラゴンを連れ帰るようなことにならなかっただけでも幾分かマシだろう。ドラゴンは姿は失ったものの、今はサラの中でしっかりと生きているという話だ。
結局ほぼ丸一日を休息に当て、来たときと同じように私だけが魔法の恩恵がなく濡れ鼠になっただけで山の中腹に戻ることができた。さすがに濡れたままというわけにもいかず、アメリア君の風魔法により私の服に染み込んでいた水はすっかりと飛ばされた。
あまりにもあたりまえのようにアメリア君が魔力による魔法を使用するので、さすがに天才も過ぎるんじゃないかという気がしてきたが、天才で努力家なのだから仕方ない。私がどうこうできる領域に住んでいない。
「ファーレンさん、やっぱり白衣使いましょうよ」
アメリア君にそう言われて、私はさすがにその通りだろうと思った。今後も研究ではなく冒険を続けるのであれば、恩恵充分の魔法の白衣を使わないのはロスのほうが大きい。変なこだわりよりも実利を取らないと、無駄な部分に労力を割いて本質を外してしまうかもしれない。
「わかった。私も使わずにおいた魔法の白衣を着用することにするよ」
「これでお揃いですね!」
アメリア君は自然な満面の笑みを浮かべたが、特に深い意味はないのだろう。でも、人によっては充分に勘違いしてしまうレベルのとても気持ちのいい笑顔だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ストーク君の先導で私たちは帰路についた。
来たときと違い下山になるので多少は楽だが、サラの身体のこともあり進みはゆっくりとしたものだった。サラは意外と平気そうだったが、私のほうが持久力が怪しいから結果的に私が助かった。
特に魔物との遭遇もなく、私たちは一度街に立ち寄ることにした。
ドラゴンの探索に日数がかかったのでドラゴン祭りはすっかり終わっており、賑やかだった街はまるでそれが嘘だったかのように閑散としている。祭りの後の寂しさというものを存分に感じられたほどだ。
たくさん出ていた露天も綺麗サッパリとなくなっている。あのドラゴンと称して売られていた魔物は果たして売れたのだろうか?
「普段ってこんなに静かなんですね」
アメリア君もギャップを感じていたようだ。もちろん、祭りが終わったからと言って街が一気に廃れたとかそういう話ではない。あくまで文字通りお祭り騒ぎのない普通の暮らしに戻っただけだ。往来には人が行き来しているし、店舗型のお店は普通に営業している。
「半端な時間だけど、どこかで食事でもしていこうか?」
「賛成! あたし、実はお腹ペコペコなんです」
「わたしもお腹空いた」
私の提案にアメリア君が即乗りして、サラもそれに続いた。ストーク君を見ると、彼は目だけで私に賛成の意思を返してきた。食べることには賛同するが、食べるものは任せるという意味だろう。凄い目力だな。
「じゃあ、しっかりと食べれるところがいいな」
私たちは食べ物屋が並ぶ一画に向かい、営業している店舗からそこだけ活気が外まで漏れているような大衆食堂に入ることにした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ゆっくりと食事を摂り、長めの休憩をした後に私たちは街を発った。
王都への帰路には馬車を使った。目的を達成した安心感からか、それとも疲れからか、サラはすっかり眠ってしまっていた。アメリア君の膝を枕にするように眠っているサラはとても幸せそうに見える。そして、そのサラの頭に手を置いてずっと柔らかく撫でているアメリア君もとても幸せそうな顔をしている。
「ファーレン先輩。ずっと気になっていたのですが、サラさんは何者ですか?」
ストーク君が私の耳に口を寄せ、かなりの小声で話し掛けてきた。
「……どの道今回の件で所長に報告するときにも話すつもりだったからキミにも話しておくよ」
私はストーク君と、それからアメリア君にサラとの出会いがどのようなものであったかを話した。詳しいところは結局私にもわからないのだが、サラが人間ではない何者かであることだけは間違いない。この先サラが本当はどういう存在なのかがわかる日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。
いつかサラが自分の使命のようなものを見つけて私の元を去る日が来るかもしれない。その日までは、サラを私の娘としてしっかりと育てていくつもりだ。
「……」
ストーク君がだいぶ真剣な顔をして黙り込んでしまった。アメリア君は話を聞いても特に変わった様子もなく、相変わらずサラの頭を撫で続けている。
「私はサラがそこにいてくれるだけで充分なんだ。私はサラに出会って変わることができた」
だからこそ、何をおいてもサラを一番に考えたい。失意のまま実家に戻ってそのまま生涯を終えたかもしれない私が、こうして新たな仲間に出会い、今を充実して生きている。これからもこの生活を続けたい。そこにはサラが共にいる。でも、サラがその先を目指すというのであれば私は全力でそれをサポートする。
「ファーレン先輩が良ければ、俺はサラさんについて何か情報がないかを調べたいと思います」
「ストーク君……」
「サラさんがファーレン先輩の前に姿を現したことに何か意味があるのではないか。ドラゴンの生命を救ったことに意味があるのではないか。これから先も何かの力が動くんじゃないか。是非、俺もそこに加わりたい」
とても真剣な目で私を見てくる。会ってからそんなに経っていないが、彼がとても誠実な人間であることは疑いようがない。ここまで言っているのだから、これは彼の本気の言葉だ。
「あたしもサラちゃんのことをもっと知りたいなぁ、って思っていますよ」
サラの頭を撫でたまま、アメリア君が柔らかく微笑む。
「……キミたちは、やはり優秀、だな」
私はストーク君とアメリア君の完全な善意の気持ちに、思わず言葉に詰まってしまう。サラのことはひとりでなんとかするつもりでいた。でも、こうしてふたりの協力者を得ることができた。とてもありがたい。
「今回で解散しても、あたしとストークはファーレン班の一員ですからね」
「はい。今後も、何かあったら声をかけてください。俺で良ければ協力しますよ」
「……ああ。是非、そうさせてもらうよ」
王都への道はまだまだ遠い。
私はガタゴトという心地良い振動に、気付けばいつの間にか眠ってしまっていた。





