ある女商人の苦労話7 誘い
「……何?」
ミユの迫力に圧されて私も真剣な顔を返す。何を話すつもりだろう?
「ねぇ、ジェリカ。わたしとパーティー組まない?」
「……パーティー?」
「そう。魔法使いと商人のヘンテコパーティーだけどね。会ったばかりだけど、わたしジェリカのこと気に入ったから」
とんでもないお誘いだ。私もミユも既に現役を引退している。ミユは復帰も視野に入れていたみたいだけど、私はもうほとんど諦めていた。今の第二の人生も決して悪くはない。親の店だって私が跡を継ぐことを期待されている。それに、親の店を継げば私も1店舗のオーナーだ。商人じゃないけど、商売人ではいられる。
「……ありがたい話だけど、今すぐに『はい』とは言えないわ」
「そう。まぁ、無理強いはしないけど」
ミユはかなりガッカリした様子だ。ゴメン、せっかく誘ってくれたのに。
「実家のお店を手伝っているだけじゃ、借金もなかなか減らないでしょ?」
「まぁね。一応、ただのお手伝いじゃなくて、ちゃんとしたお給料をもらって働いているから借金は確実に減ってきてる。無利子は大きいわ」
「早く返せるといいわね」
「ええ。あと10年くらいかかりそうだけどね」
「……それは先の長い話ね」
ミユは私の借金の総額を知らない。けど、ちゃんとした給料をもらって実家暮らしで無利子で10年という歳月が必要な金額が、そうそう返せる額じゃないことは理解してくれたみたい。
「お待たせしましたー!」
ちょっと暗い雰囲気になりかけていた私たちの個室に、若くて元気で可愛い女店員さんがワインボトルと大きなワイングラス2つを持って入ってきた。
「ロゼって綺麗ね」
見たままピンク色が映える透明なボトルに入ったロゼワインは、飲む前から美味しそうな雰囲気を醸し出している。ビールと比べるとやっぱりおしゃれに見えるわね。よく見かけるワインボトルは濃い色をしていて中身のワインが見えないようになっている。光による劣化を防ぐためだけど、ロゼはそれをしないのね。
「すぐに飲むから透明のボトルを使うみたいよ。赤とかは長期熟成するからね」
「へぇ。ミユはワインに明るいわね」
「まぁね。ずっとビールばっかりだったからさ。ワインを知ってからはひとりで調べて詳しくなっちゃったわ」
ミユは照れ笑いを浮かべている。澄ました感じが良く似合うけど、こういう純粋な笑顔も可愛いわね。
「それじゃ、栓を開けるわね」
最近のワインはコルクじゃなくてキャップが良く使われてる。私、コルク抜くの怖くっていっつも誰かにやってもらっていたから、キャップのほうがありがたいわ。抜くのミユだけど。
コルク栓じゃないから、ポンっという小気味のいい音はもちろん出ない。ミユが静かに開けたロゼワインを大きめのワイングラスにちょっとだけ注ぐ。
「せっかくだから香りも楽しみましょう」
そういってひとつのグラスを私に手渡す。確か、テイスティングではグラスの中でワインを転がすのよね。
ミユはグラスに注いだワインを目で見て、鼻を近付けて香って、ワインをひと回ししてからまた匂いを嗅いだ。口に含むことはしなかったけど、なかなか本格的じゃない。
「いい香りね」
「居酒屋のワインだからそれほど期待していなかったけど、結構いいワインみたいね。早速飲みましょう」
私たちはそれぞれロゼワインをひと口だけ含んだ。白ワインに似た爽やかな飲み口とすっきりとした味わいで、私はすぐにロゼが気に入った。
配膳されてからちょっと時間が経っちゃったけど、早速トマトとチーズを一緒に口に運んだ。フレッシュトマトの酸味とモッツァレラチーズのまろやかなミルクが口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。味付けを間違えると淡白になってしまうモッツァレラチーズにはちゃんと塩がまぶされていて、トマトの水分やオイルにまったく負けていない。唐揚げでもそうだけど、ここの味付けはちゃんとしているわね。
「おいしー!」
ミユもほっぺたを膨らませて恍惚の表情を浮かべている。食べているだけなのにちょっぴりセクシーなのは彼女の持ち味なのかもしれない。
私とミユのロゼの消費ペースはなかなかのものだった。ワインって飲み口が軽くてもアルコールの度数が高いから、ビールよりも酔いが回りやすい。それを美味しい美味しいと簡単に飲んじゃうのはペースが早いかも。
私が頼んだホッケの開きはちょっとワインに合わないので、先に出てきたミユの頼んだビスマルクで私たちのお酒のペースが上がっちゃったのよね。
ハムとベーコンの上に半熟卵が贅沢にふたつも乗った、クラストがパリッとしたクリスピータイプの生地で、モッツァレラチーズが被ってるけど、こっちは焼いてあるからまた全然違った食感でとっても美味しいの。ミユと私じゃ選ぶ食べ物が全然違うけど、この店はどちらでも対応できる万能さが凄いわ。侮れないわね、居酒屋『冒険者ギルド』!





