ある女商人の苦労話3 自己紹介
「今後はわたしね」
そう言って、魔法使いの彼女――いい加減、名前で呼びたい!――は居住まいを正す。真面目ね。
「わたしはミユよ。冒険者で魔術師をやっていたんだけど、リーダーが猪突猛進タイプですっごい苦労が多くて、でも楽しかったから続けていたんだけど」
そこで言葉を区切る。これは冒険の途中で結構大きな事件に遭っちゃったパターンね。わかるわ。
「そのリーダーがわたしのこと好きになっちゃって。というか最初から好きだったんだけど、もうあまりにもしつこくて」
おや? ノロケなのかな??
「で、何回もフッたんだけど全然諦めてくれなくて。でも、一緒のパーティーじゃない? 毎日顔を合わせているわけよ。この気持ちわかる?」
「わかんない」
うん、わかんない。だってそんな経験ないし。
「そう……」
ちょっとガッカリしたような、それでいて妙に安心したような。さらに、なぜかちょっとだけ誇らしい感じが透けて見えたりだとか――こらっ!
「ミユ、その勝ち誇ったような顔、無意識なのかしら?」
私もちょっと意地悪を言いたくなった。多分、無意識だと思ったから。
「勝ち誇る? 何に対して?」
案の定ね。これは、そのリーダーの男の子も、脈アリな態度で接せられていたんじゃないかしらね。
「なんでもないわ。ごめんなさい、気にしないで」
「??」
小首を傾げる仕草も様になっている。よーく観察してみれば、ミユは居酒屋に来ているのに、ちょっと小綺麗な格好をしている。もしかしたらの出会いを想定した見事な準備。ラフな私の格好とは真っ向勝負ね。今この個室にイケメンが来たら、迷わずミユを選ぶわ。私だってそうする。
「……それでね。結局口論になっちゃったの。「おまえ、俺のこと好きじゃなかったのか!」とか、わけのわからないキレ方されて、さすがに嫌になっちゃって」
私も嫌になるな。無自覚な小悪魔が同じパーティーにいたら。これ、リーダーの子じゃなくて、ミユが悪いんじゃない? さすがに本人に対してそうは言えないけど。
「『わたしこのパーティー抜ける!』って大騒ぎして、その結果今に至るってわけ」
「へぇ、ミユも苦労したんだね」
「わかる? そうなのよ、好きでもない人から言い寄られるのは困るわよね」
違う、そうじゃない! 私が共感したのはそこじゃない。……まぁ、もういいや。
「わたし、まだ引退って年齢には早いから、冒険者復帰しようかなぁって思ってるんだよね」
「そうなんだ。ソロ?」
「さすがにソロは無理よ。引退には早いって言っても若手じゃないんだし。それにいくらおばさんに片足突っ込んだくらいの女の子っていっても、ひとりでいたら危ないじゃない?」
「ミユって25歳なんだ?」
「どうしてわかったの!?」
わかるわ! おばさんに片足突っ込んだって表現、おばさんは使いません! 自分はおばさんじゃない人が使うんです! しかも、自虐ネタだから、四捨五入したら30歳になる人がよく使うんです! つまり、ミユ、あなたは25歳ってわけよ! どう、この名推理!!
「25歳だと四捨五入すると30歳になるから、おばさんに片足突っ込むって言い方なのかな、って」
「すごーい! ジェリカって頭いいんだね!」
バカにされてる? 随分マイルドに伝えたけど、もっと根拠ありの推察よ? 言っていい? ねぇ、言っていいの!?
「それほどでも、ないわ」
これが私の外面。心の中ではいろいろ言えるんだけどね。表には出せないわ。
「じゃあ、ミユはパーティー募集しているところに入るの?」
「うーん、そうしよっかなって思ってる。ただ、絶対に冒険者に戻りたいってわけでもないから、じっくり探そうかな」
「それがいいと思うわ。また、変な人のいるパーティーには入りたくないものね」
「うんうん。そうそう。お互いに尊敬しあえるパーティーが理想だわ」
両手をお祈りポーズにしてうっとりとするミユ。……乙女ね。
「いいパーティーが見つかることを私も祈っているわ」
はい、自己紹介おしまい。
「ねぇ、ミユ。何か頼まない?」
私はメニュー表を広げっ放しのままだ。自己紹介を優先したために、オーダーがまだだ。そろそろ、あの個室のふたりはどうなったかな? と店員さんが気にしてもおかしくない頃合いだわ。
「そうね。何にしようかなー」
私たちはメニュー表をじっくりと見る。まずはドリンクかしらね。





