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居酒屋『冒険者ギルド』  作者: ヒース
第2話 ある魔法使いの苦悩(前編)
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ある魔法使いの苦悩29 床の下にあるものは

 人ひとりが通るには充分だがかなり狭いトンネルを抜けた先は、発光ゴケが群生するかなり大きめの空間だった。


 トンネルは一度下がってから緩やかに上昇していたので、池の水がない場合はこの空間に来るのはなかなか難しそうだ。そもそも、外からだと崖の一部に見えるため、この場所が見つかることもそうそうなかったのだろう。


「いますね」


 ストーク君はある場所に目を向けている。大きな空洞の中央に、例のドラゴンのこどもがふわふわと浮かんでいた。その身体は半透明のままだ。


 ドラゴンのこどもはどこを見るともなく、どこへ行くともなく、ゆらゆらと漂い続けている。


「近づいてみよう」


「はい」


 外からは想像できないほどのだだっ広い空間には、現時点でドラゴンのこどもの精神体しか見えない。あの子はいったい何を目的として私たちをここへと誘ったのだろうか。


 しかし不思議な空間だ。今は夜も近づいている時間帯だが、この中は発光ゴケの影響かかなり明るい。昼間とは言いすぎだが、どちらかというと明け方のような明るさだ。


 自然にできた空洞であれば、壁面は凹凸があってよさそうなものだが、ここの壁はツルッとして滑らかに映る。職人がキレイに磨き上げた球体の表面のような艶さえある。


 ふわふわと浮かんでいたドラゴンのこどもは、私とストーク君が近づくと身体をこちらに向けた。やはり何かを言おうとしているようだ。水中にサラを連れてくるわけにいかなかったから置いてきたが、サラだったら言葉が通じた可能性はある。まぁ、いないものは仕方ない。


「……ストーク君、あのドラゴンの足元に何か見えないかい?」


「足元? ……ああ、何か埋もれているようですね」


 ドラゴンのこどもが浮かんでいる下は、他とは異なり床が盛り上がっている。


「もしかしたら、ドラゴンのこどもの本体がいるかもしれない。調べてみよう」


「わかりました」


 私はドラゴンのこどもが浮かんでいる場所まで辿り着くと、その足元の床を調べ始めた。あきらかに他よりも膨らんでいるが、特に掘り返されていたり埋められているような状態ではない。単純に床の下で何かが膨れ上がったような出っ張りがある。


 コツコツと叩くとかなり固い。しっかりとした床だ。


「ストーク君、ちょっといいかい?」


「どうしました?」


「ここの床の下に何かがあるのは間違いないんだが、壁と同じような素材だからかなり固いんだ。なんとかしたいのだが……」


 固い部分を壊せるようなちょうどいい魔道具は持ってきていない。対応できるとしたら土魔法だが、私は攻撃魔法はあまり得意としていない。


「やってみます」


 ストーク君は腰から細身の剣を抜くと、切っ先を下に向けて目を閉じ魔力を集中させる。彼の全身が薄っすらと青いオーラで覆われる。初めは全身を覆っていたオーラが彼の集中に合わせて次第に剣に集まっていく。


 やがて剣身すべてが青に覆われると、ストーク君はスッと目を開き、剣を軽く引くとそのまま鋭く床に垂直に打ち込んだ。


 バキッ! かなり大きな音がして、床の一部にハッキリとした亀裂が入った。


「スゴイじゃないか、ストーク君!」


「こっちの剣が折れないかヒヤヒヤしながらでしたが、効果ありですね」


 ストーク君は同じ動作を何度か繰り返し、亀裂の箇所を増やしていく。彼が割った破片を試しに拾ってみたが、ずっしりとしていてどう考えても硬度がかなり高い。よく細身の剣で割ることができるものだ。


 ドラゴンのこどもはいつの間にかストーク君の頭上に浮かんでいた。彼の移動についていくので、まるで守護精霊のようにも見える。サラの頭上にもいたが、このドラゴンはもしかしたら人間が好きなのか?


 ストーク君が床を割ること十回以上。繋がった亀裂はかなりの範囲となる。私は大きな破片から脇にどかしていた。かなりの厚さの床だが、硬質部分の下には柔らかい土の層が広がっている。


「そろそろ大丈夫そうだよ」


「俺も手伝います」


 私が破片を避けている作業にストーク君の手が加わった。ひとりよりふたりでやればかなり早くどけられそうだ。


 見える範囲の大きな破片を取り除くと、盛り上がった土が露出する。


「ここにドラゴンのこどもの本体が埋まっているんでしょうか?」


「可能性は高いと見ている。理由はわからないけど、ここに閉じ込められてしまったので私たちに助けを求めたというほうが自然に思える」


「たしかに。そうじゃないと、このドラゴンのこどもがいることの説明がつかないですね」


 言ってストーク君はドラゴンのこどもの精神体に触れようとする。もちろん空振ってしまうのだが、なんとなく触れているように見えているから不思議だ。


 私はどうしたものかと考える。


 ここに来るのには水中を通る必要があったため、カバンは持ってきていない。ストーク君は細身の剣だけは持ってきていたが、やはり他には持ち込めていない。


 この土をまた掘っていく作業を考えると、何も道具がないのはちょっと不便だ。


「……覚悟を決めるか」


「そうですね。やりましょう」


 ストーク君はどんな状況でも前向きで助かる。なんだかんだ腕まくりをしてやる気は充分だ。


 私だって情けないことばかり言っていられない。素手で上等。もともと私が受けた依頼だ。ここでドラゴンのこどもが見つかるのであれば、それまでの苦労は買ってでもしなければならない。


 私も腕まくりをして、かなりの気合いを込めてここからの重労働に備えた。

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