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居酒屋『冒険者ギルド』  作者: ヒース
第1話 ある勇者の冒険譚
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ある勇者の冒険譚⑤

「……って、オイ! 過去回想から過去回想に入るってどういうことだよ!?」


 戦士風の男が勇者の話がひと息ついたところで盛大にツッコミを入れた。


「あれ、おかしかった?」


「おかしいって言うか……この話、今夜中に終わるのか?」


「うーん、どうだろう?」


 元勇者はちょっと冷めかけてきた焼き魚の身を骨からキレイに取り分けると、比較的大きな身の部分を口に放り込むと、


「……この塩加減はちょうどいいな」


 舌鼓をうつ。


「ノンキなヤツだなぁ」


「私はキライじゃないわ」


 元戦士風の男は呆れ、元遊び人と思しき女性はウットリとした瞳になる。


 このコンビもなんだかんだこの元勇者を気に入っているようだ。


「で、そのあとはどっちの続きになるんだ?」


「今の話の続きかな、なんとなく」


「なんとなく、か。オイオイ、本当に大丈夫かよ」


 元勇者の冒険譚に興味があるのはこのふたりだけではない。彼らの周りには何人かに分かれたグループが、それぞれ食事やお酒をたのしみつつ、元勇者の話を聞こうと目を輝かせている。


 全員が全員そうではなく、それぞれのグループでたのしそうに過去の武勇伝を身振り手振りも交えて大げさに語っている人もいるし、辛い出来事を思い出したのか涙ぐみながら話をしていて、聴いているほうも釣られて涙している人たちもいる。


 一部の語り手にこれだけ人が集まるのも珍しいのだが、元勇者は初めてここに来たこともあり、暗黙の了解はまったく気にする素振りもない。


 時間に制約があり、こちらとあちらの誰がいつ居酒屋『冒険者ギルド』をあとにしてしまうかもわからない。


 だから、話は起承転結わかりやすく、なるべくコンパクトにエンターテインメント性に富ませて話をすると良いとされている。


 時間換算で長くて三十分。できれば十五分くらいがちょうどいいというのが彼らの経験則だ。


 元戦士風の男が元勇者の話を経験で予測すると、約二時間は終わらない気がしていた。自分は大丈夫としても、何人かは途中で帰ってしまい、話を最後まで聴けない可能性もある。さすがに、ちょっとだけ巻いて話をしてもらったほうがいいんじゃないかと思い始めていた。


「もしかして、長すぎる?」


 元勇者が申し訳なさそうな表情で元戦士風の男に聞いてきた。


「いや……まぁ、うん……そうだな」


 実際そのとおりだったのだが、直球で聞かれると言いにくい。元戦士風の男は居心地の悪さを感じてもう空になっていたジョッキを一気に煽ってごまかすことにした。


「あんた、ごまかせてないわよ」


「うっせーな。いいんだよ」


「ゴメン。僕、昔から話が長いって言われて、仲間から怒られていたんだった」


 元勇者が昔を思い出したのか、懐かしいものを見るような目をしていた。


「……なぁ、兄ちゃん」


「ん? なんだい?」


「今夜は長く居るつもりか?」


「早く帰ろうとは思っていないけど」


 元戦士風の男はポリポリと頭をかく。


「……よし、わかった! もう今日は時間なんて関係ない。兄ちゃんの話したいだけ話してくれよ」


「え、いいのかい?」


「もし今日最後まで聞けなかったヤツがいたら、俺があとで話をしてやるよ」


「たしかに、あんた毎日のようにいるものね」


「だから、うっせーよ」


 元遊び人と思しき女性が「フフッ」といたずらを成功させた子供のような無邪気さで笑うと、元戦士風の男もまんざらでもないといった感じで「ガハハ」と続けた。


「やっぱり、仲がいいんだね」


「そんなことないわよ」


 元勇者がふたりのやり取りを微笑ましく見て思わず口に出したら、また即座に否定された。


 このふたりは仲がいいんだけど、仲がいいことにはしたくないのかもしれない。元勇者は、きっと本当に仲がいいんだろうなぁ、と思いつつもそれは心の中で思うだけにしておいた。


「じゃあ、キミの言う通り、時間は気にしないことにするよ」


「あぁ、覚悟は決めた」


「そんな大層な話じゃないから、もっと気軽に聞いてよ」


 元勇者はすっかり固くなってしまったチーズをナイフとフォークでキレイに切り分けると、カラフルな温野菜を複数重ねてまとめて味わった。食感が変わってしまったが、チーズの旨味はそのままだった。


 ちょっとだけモグモグと噛んでから飲み込むと、さっきよりも期待に満ちたギャラリーの見えざるプレッシャーに内心ちょっとビビりつつも、元勇者が勇者になったときの話の続きを始めた。

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