ある勇者の冒険譚㉑
「魔王強すぎだろ!?」
「そう思うよね? 実際強すぎなんだけど」
元勇者は朗らかに笑う。
彼の語る話の中だと、勇者たちはあきらかに劣勢に立たされている。攻撃は通じても影響が小さく、ほぼ一方的な展開にもかかわらず決め手にかける。
話を聞いていた元冒険者たちも、自分だったらどうするか――そんなことを考えていたりもするようだ。
「耐久バカって体の大きな魔物とかに多いけど、あれもダメージは与えられているから削っている感覚はあるのよね。でも、回避されるとダメージを与えられているかどうかもわからないから、長引けば長引くほど怖くなっていくわよね」
元遊び人と思しき女性は眉根を寄せる。同じような経験があるのかもしれない。
幼い見た目のあどけない女の子が腰に手を当ててビールジョッキを煽ると、見た目と行動のギャップをものともせずに空いたジョッキをガンっとテーブルに荒々しく置いた。
「勇者さん勇者さん! ちょっと戦い方がなってないんじゃない!? 四人パーティーなのに行動が分裂してるように感じるんだけど?」
「ごもっとも、としか言えない」
「みんな行動が個性的すぎんのよ! バランスはいいはずなのに、どこか噛み合ってないよーにしか聞こえないのよねー」
だいぶできあがっている。実年齢はまったく定かではないが、体が小さい分、アルコールの巡りがいいのかもしれない。真っ赤な顔と座った目がますます見た目とのギャップを助長する。
「ほれほれ。飲みすぎじゃよ」
「うっさい! 全然酔ってないわよっ!」
「これでもお食べなさい」
国王のような風格を持つ老人は、幼い見た目のあどけない女の子の口に何かをポンッと放り込んだ。
「ちょ! 何するのよっ! ……もごもご」
幼い見た目のあどけない女の子はよくわからない何かを口の中に急に入れられて目を白黒させたものの、次第に幸せそうな顔をし始める。
「……なにコレ? ちょーおいしいんだけどぉ」
「純度の高いチョコレートじゃよ。どうじゃ、落ち着いたかの?」
「え! 純チョコってめっちゃ高いやつじゃんっ! なに、おじーさん、どっかのお菓子業界の回し者かなんかなの!?」
「ただの老人の趣味じゃよ。やることもなくなってチョコレートを求めて世界各国を回っておったらたまたま巡り会っただけじゃ」
ホッホッホッ――まさにそんな笑い方で老人が煙に巻く。
「うーん、謎だわぁ」
幼い見た目のあどけない女の子は疑問を解消しようかとも思ったけど、口の中の幸せに負けてウットリとした表情でかわいらしく着席した。
「純チョコってスゴイの?」
元勇者はさっぱり想像がつかないようで、頭上にハテナマークを浮かべていた。
「勇者さん、知らないの!? うっそー!」
「ゴメン。まったくわからない」
本当にもうしわけなさそうに元勇者が両手のひらを上に向けて肩を竦め、お手上げのポーズでおどけてみせる。
「この幸せを知らないとは、勇者さんって幸せねぇ」
「ん? 僕って幸せなの? それとも幸せじゃないの??」
「……幸せだと思うけどね」
幼い見た目のあどけない女の子とは呆れた感じで、はぁー、っとため息をつく。真っ赤な顔もどこへやら、純チョコのおいしさにすっかり酔いが抜けているようだ。
「まぁ、僕が幸せかどうかはたいしたことじゃないからいいんだけどね」
元勇者はハハハと乾いた笑いを浮かべた。
「それで、勇者様が今ここにいるってことは結局魔王との勝負には勝ったってことだと思うけど、一体どうやってそんな強い魔王に勝つことができたの?」
元遊び人と思しき女性は興味津々といった様子でグイグイっと勇者に向けて体を近づける。
元勇者はやはり胸元を直視できずに、視線を元戦士風の男に逸らせる。「ん?」元戦士風の男はちょっと首を傾げた。
「結局勝ったのか勝っていないのかはよくわからないんだよね。あれを勝ったと言っていいのならそうなんだけど、うーん……なんて言ったらいいんだ?」
「なにそれ、意味分かんないんだけど?」
「そうだよね。わからないよね」
元勇者は顎に右拳を添える。「うーん……」親指と人差指で自分の顎をムニムニする。
「なんとも表現しづらいので、とりあえず続きを聞いてもらっちゃったほうがいいかもしれない」
「もうすぐ終わりそうだしな」
「そうだね」
元勇者は、自分の中途半端な言い方に逆に興味津々といった様子となったメンバーに、魔王との戦いの続きを聞かせることにした。





