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居酒屋『冒険者ギルド』  作者: ヒース
第1話 ある勇者の冒険譚
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ある勇者の冒険譚⑲

 ふぅ、とひと息つくと、元勇者は周囲の反応をうかがい見た。


 終わりが近づいてきた昔話にまだ興味を持ってくれているようだ。だいぶ長く話してしまったが、ここが居酒屋ということもあり、時間の縛りはあるようでない。


「あとは魔王を残すのみ、という状況になった僕らは、前回はまさかの回復薬切れという準備不足もあったから、事前に万全を期したんだよ」


「ギウスって戦士もちゃんと戦えるようになったんだよな?」


「ああ。さすがにひとり欠けた状態じゃ魔王とは戦えないからね」


 元勇者は当時を思い出し、クスッと笑った。仲間の戦士は、すぐに気を失ってしまったことを激しく悔やんでいたなぁ。いっときは前線に出ることすら躊躇していたのに。


「たっぷりと用意した回復薬でもちゃんと足りるかは心配だったね。特に魔力消費が激しいことを予測して準備していた魔法回復薬の絶対量がすべてといっても過言じゃなかったし」


「リリア様の大魔法は桁違いの魔力消費だそうですからね」


 学者然とした神経質そうな男が、さも自分のことのようにフンフンと興奮した様子で話す。


「たしかに。そのリリア様が同一人物であれば、あれだけ魔法を連発できる魔力を補充するのにも、回復薬はたどれだけあっても足りないかもね」


「でしょう? 儀式魔法ですら一瞬で発動できる方は、リリア様を除いて私は知りませんから」


「……相当入れ込んでいるんだね、リリア様に」


「はいっ! あの方は魔法使いの中の魔法使いです」


「本人が聞いたら喜ぶだろうね」


 元勇者には学者然とした神経質そうな男の言うリリア様と、自分の知っている元仲間のリリアが同一人物かどうかはわからない。ただ、聞く限りでは同一人物である可能性は極めて高い。


 あれだけ魔法に精通していて、女魔法使いで、同じリリアという名前。いっしょにいた頃は儀式魔法を一瞬で発動することはできなかったけど、その後を考えれば充分ありうる。


「今度もしリリアに合うことがあったら、キミが心酔していたことを伝えてみてもいいかな?」


「ぜひっ! あ、いや……」


 口ごもる。


「ん?」


「いや、あの……大変ありがたい話なのですが」


 学者然とした神経質そうな男はごにょごにょとハッキリしない。


「なにかマズかった?」


「いえ、決してそのようなことは……」言い淀み、ちょっとだけ考えるような仕草をすると「なんだかひとりで盛り上がってしまって、その……恥ずかしくなってしまいました」


「なーんだ、そんなこと。言わなくていいなら言わないけど? そもそもまた会えるかどうかもわからないし、同一人物かもわからないし」


「いや、あの、ぜひお願いします!!」


 学者然とした神経質そうな男はバッと立ち上がると、元勇者に対して深々と頭を下げた。


「ちょ、ちょっと、そこまでしなくても」


「ぜひ、私がリリア様のことを尊敬していることを、勇者様の口からお伝え願います! ぜひに!」


 ほぼ直角の姿勢のまま続ける。


 元勇者は立ち上がると「やれやれ……」と言いながら、男の肩をポンッと叩いて頭を上げさせた。


「僕はキミの先輩でも上司でも、そして今はもう勇者でもないんだ。ただの知り合いのたまたまの気まぐれだと思ってくれよ」


「……さすが、勇者様は度量が違う」


 もはや何を言ってもこんな感じになってしまいそうだ。元勇者は苦笑すると、学者然とした神経質そうな男にも席に座るように促し、同じ席に座り直した。


「勇者さんはモッテモテだね!」


 幼い見た目のあどけない女の子に茶化された。



 居酒屋『冒険者ギルド』の営業時間も残り少なくなってきた。


 今日の冒険譚の中では元勇者の話が一番長く、そしてまだ終わっていない。他のグループは何人かの話が一巡すると、まったりとした空気のなかで雑談になったり、現在の愚痴大会になったりいろいろだ。


 新たな客も少なくなり、ポツポツと帰り出すものもいたため店内は一時の賑わいからはちょっと落ち着いてきていた。


 マスターも調理をしない時間は各テーブルに出てくることもあり、元勇者たちのテーブルにも根菜ときのこをたっぷりと使った甘くて香りのいい煮物を持ってきてくれたりした。


「遠慮すんな、オレの奢りだ」そう言って豪快に笑いながら、なぜか元戦士風の男の背中をバチーン! と大きな音が鳴り響く強さで叩いてそのまま去っていってしまった。


「……あんのクソオヤジ!」元戦士風の男は一瞬で酔いが醒めたといった感じで、恨めしそうに厨房の奥を睨みつけるもマスターはまったく気にした素振りをみせない。こういうやり取りも日常茶飯事だ。


「みんなも疲れてきただろうし、僕もちょっとしゃべり疲れてきたよ」


 元勇者は苦笑いを浮かべながら、一夜で妙に気心が知れた関係になったように思える周りの面々にそれぞれ視線を合わせた。


 たっぷりと時間を使い、最後のひとりと目を合わせてうなずくと――



「僕たちは、いよいよ魔王との再戦に臨むことになった」



 ゆっくりとした口調で語り始めた。

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