ある勇者の冒険譚⑮
「ホワイトドラゴンの聖なる泉って聞いたことがあるわ」
元遊び人と思しき女性が何かを思い出すように視線を上に向けた。
「あたしも聞いたことあるかも」
幼い見た目のあどけない女の子もうんうんとうなずく。
「俺のところでは聞かなかったな」
「わしも聞いとらんな」
元戦士風の男と国王のような風格を持つ老人が揃ったように首をかしげる。
学者然とした神経質そうな男は何か思い当たるふしがあるようだが特に何も発言しない。
「ホワイトドラゴンとか、聖竜とか光竜とかが冒険者の味方のドラゴンの場合が多いかもね」
「そうそう、あたしのところは聖竜だったわ。真っ白な大きなドラゴンで、とても知的な瞳をしていたのを覚えているわ。あの子、元気かなぁ」
幼い見た目のあどけない女の子はどこか遠くをぽわーんと見つめている。相当前々で記憶を遡らせているのか、妄想の世界に入り込んでしまったのか。あの見た目でワインを赤白赤白と交互に飲みまくっているというのだから驚くばかりだ。
「僕がいたところでは純粋に色でドラゴンを呼んでいたよ。ホワイトドラゴン、ブラックドラゴン、レッドドラゴン、それにイエロードラゴンとブルードラゴンの五体が有名どころでね」
「めちゃくちゃ普通な感じだな」
「そうかな? わかりやすくていいと思うけど」
「わかりやすいのはたしかだな」
ガハハ、と元戦士風の男が笑い、バンバンと元勇者の背中を意味もなく叩くと、空のジョッキを持ってマスターのいる厨房に行ってしまった。
「あー、あいつあの状態でマスターのところに行ったら、メチャクチャ怒られるの忘れてるわね」
「マスター怒ったら怖いのにねー」
女性ふたりは、あちゃー、という顔をして厨房に顔を向けている。
ふたりの予感はすぐに的中する。「バカヤロー、邪魔すんじゃねぇ、引っ込んでろ!」すぐにマスターの怒鳴り声が響き、元戦士風の男が「マスター、すまねぇ!」と言いながら小走りで退散してくる。
「あんた、やっぱりバカなんじゃないの?」
「言うな」
そう言いつつ、元戦士風の男はいつの間にかジョッキになみなみと注がれているサワーを飲み始めた。
「え? いつもらってきたの?」
「あ? マスターからに決まってるだろ?」
「うそっ! あの一瞬で!?」
「俺くらいになると怒られながらお替わりできるんだぜ!」
何の自慢かはよくわからないが、元戦士風の男の自由さに元勇者は心から笑みが浮かんでくるのを止めることができなかった。
居酒屋『冒険者ギルド』は、元冒険者たちの活力が戻ってくるパワースポットにもなっている。
だからこそ、元冒険者がたくさん引き寄せられ、元冒険者たちはかつての自分の冒険譚をたのしそうに話すのだ。
「もうちょっと何か食べようかなぁ」
「さんせー! あたしも何か食べたい!」
「おっ? あんなに刺し身食ったのにやるなぁ」
「次はわしがおごってやるぞ」
「ほんとー! ありがとう、おじいちゃん!」
「おじいちゃんはよしてくれ」
国王のような風格を持つ老人は、孫のような年齢の幼い見た目のあどけない女の子に腕に抱きつかれ、恥ずかしそうに頭をかく。
「……あの娘は本当に上手よね」
「だな」
元戦士風の男と元遊び人と思しき女性はそんなふたりのやり取りを冷静に分析する。
「もしかして、あれって演技?」
「あれ? わかる?」
「やっぱりそうなんだ。あれじゃ僕も騙されそうだし、本当に上手だねぇ」
「勇者様はやさしさにつけ込まれるタイプに見えるから気をつけてね。何なら私が守ってあげてもいいわよ?」
「ありがとう」
元勇者は自然と受け流す。「あら、残念」元遊び人と思しき女性はさほど悔しそうな素振りも見せずにうそぶく。
「あたし、ピザ食べたい!」
「ピザか。よし、わかった」
国王のような風格を持つ老人は、右腕に女の子をぶら下げたまま厨房に向かう。そしてマスターにピザを五枚焼いてもらうようにオーダーを入れた。
そのままの状態で再び元勇者たちのテーブルに戻ってくると、さすがに重くなってきたのか幼い見た目のあどけない女の子を席につかせる。そして大きく深呼吸をした。
「それじゃあ、ピザが焼けるのにも時間がかかるだろうし、もう少し話を続けるよ」





