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居酒屋『冒険者ギルド』  作者: ヒース
第1話 ある勇者の冒険譚
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ある勇者の冒険譚⑫

 僕はリリアとともにネーメウスの元を訪れていた。


「……何か、用?」


「ギウスが魔王にやられたダメージで動けないんだ。ネーメウスの神聖魔法で傷を癒やしてほしい」


「……わかった」


 と言ったまま、ネーメウスは怪しげな魔法陣を一生懸命描いているだけだ。


「ネーメウス?」


「ちょっと……待ってて」


 ここはネーメウスの執務室だ。彼は元々召喚士として国の魔導研究の仕事に携わっていた。召喚魔法を使えなくなってからも、ここに籠もって黙々と研究を続けていたところ、神聖魔法が使えるんじゃないかと悟ったという。教会に通い詰めて、まったく信心深くないにも関わらず神聖魔法を会得したのだ。


 ちょうど彼が一時的に僕らのパーティーを外れていた時の話で、あとで聞いてとても驚いたことがまるで昨日のように思い出させる。


「ぼくも……結構ダメージ、多いんだよ」


 ボソボソっと話すのがネーメウスの特徴だ。


 言葉と行動があまり一致していないので、ネーメウスはぶつぶつ言いながら魔法陣を描いているだけだ。


 しかし、なぜ神官なのに魔法陣?


「あのさぁ、そんなにいじけてないで、さっさと立ち直りなさいよ!」


 いじけている?


「リリアはいいよね……僕はそんなに自分に都合良くは、考えられない」


「ウジウジしてても仕方ないじゃん。さっさとギウスを起こす。四人で準備を整える。ちゃんと作戦も考える。そして、魔王にリベンジするのっ!」


 リリアがつかつかと小走りでネーメウスの近くへ向かう。魔法陣の上とかまるでお構いなしだ。


「ああぁ……あのクソ精霊王から力を奪うための魔法陣がぁ……」


 どんな魔法陣を描いてるんだ! 思わずツッコみかけたがやめておく。


「思考が根暗すぎるわ。こんなところに籠もってるから前向きになれないのよ。さぁ、行くわよ!」


「ぼくの魔法陣がぁ……」


 リリアにズルズルと引きづられたネーメウスは、まるで地獄の淵からこちらの世界になんとか留まろうとするゾンビのように、低い声で唸りながら限界まで手を伸ばして魔法陣を取り戻そうとしていた。


 非力なネーメウスが、女の子にしてはちょっと力の強いリリアに適うわけもない。


 後顧の憂いを持たないように、僕はしっかりと彼の残した危険な魔法陣を無効化しておいた。魔法陣の無力化は大変面倒だって聞くけど、放置されていれば意外と簡単だったということが知れたのが僕の収穫だ。



 魔王に破れたあとの僕らは散り散りに飛ばされたけど、みんな思いのほか近くにいた。


 僕とギウスは村とその先の町だったし、リリアはさらにその先の町で僕を待ち構えていた。なんとなく僕らの居場所が魔力で検知できていたようだけど、彼女もまだ魔力が全快というわけでもなかったから自分からは動こうとしなかったんだって。


 ネーメウスは地元である王宮の自分の部屋に見事に転送されていた。彼いわく、魔王が使ったであろう転送魔法は、使われた本人が思うスタート地点に飛ばされてしまう効果があるらしい。


 魔王との戦闘中にネーメウスが一瞬で姿を消し、気配も感じなくなったのは飛ばされた場所が遠すぎたからだったようだ。


 僕らと異なりネーメウスは特別大きなダメージを負ってはいなかったけど、それは見かけの問題で、精神的には大ダメージだったとのこと。精霊王の魔力を奪って自分のものにするという、悪役さながらの手段を選ぶあたり、間違いなく本当のことだ。


 精霊王がとばっちりを受けずに済んだのは、今後を考えると非常に良かった。


「ギウスは……どんなやられ方したの?」


「お腹にきつい拳を一発。襲撃が身体の後ろに抜けたのが見えたから、正直ダメージが一番多いのはギウスだと思う。僕たちが飛ばされてから随分経ったけど、ギウスだけ目覚めないのが何よりの証拠だし、かなり心配」


「でも、ちょっとは起きてたんでしょ?」


「一瞬ね」


 僕がギウスの元に訪れて、意識が戻らない彼に声をかけた際にたしかに反応があったんだけど、うっすらと目を開けたかと思ったら、またすぐに閉じてしまった。


 その後は特に反応を示してくれなかったので、僕は神聖魔法を頼りにネーメウスのところへ向かおうとした、その途中で待ち構えていたリリアに捕まって今に至るわけだ。


「たぶん……ぼくじゃなくても高位の回復魔法を使える人だったら、起こせたんじゃないかな」


「それは僕も考えたんだけど、どっちみちネーメウスも探すつもりだったから、ギウスには悪いんだけど彼をあと回しにしたんだ」


「たぶん……それで正解」


「だろ?」


 ネーメウスは自分が頼られていることに気を良くしているようだ。最初はリリアになにかブツブツと文句を言っていたけど、全部軽くあしらわれている内におとなしくなった。


 リリアは魔力回復のために、周囲の魔力を吸収するために集中したまま歩くという器用なことをしているので、退屈になったネーメウスは頻繁に僕に話しかけてきていた。


 これまでだいぶ言葉が少なかったはずが、魔王に負けてからのほうが仲が良くなったような気すらする。


「ギウスが意識を取り戻したら……すぐに魔王と戦うの?」


「それも考えたけど、まだ早い」


 魔王は僕たちが再び自分の元を訪れてくることを確信している――そう思っている気がする。


 そのためには、ただ仲間を集め直しただけの僕たちではとても彼の要求を満たすことができない。



 彼が全力を出し切って血湧き肉躍る戦いをし――最後に僕らに敗れるという欲求を。

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