ある魔法使いの苦悩76 シンクのいつも
「おかえり」
謎のポーズをしているシンクが私たちを見て、そう声をかけてきた。
「た、ただいま……」
「シンクお姉ちゃん何してるの?」
「何って……見てわからないか?」
「わからないからサラがそう聞いているんだよ」
「これは柔軟体操だ」
シンクの顔は私たちから見て天地が逆転している。つまり、頭で身体を支えている。正しく言うと、頭と足を支点として腰をグッと持ち上げてブリッジをしている。腕を組んでいるので頭にかかる負荷は凄そうだ。
「首、痛くないの?」
サラが首を抑えながら不安そうな顔でシンクに尋ねる。
「痛くないぞ。これをやると終わったあとに身体がピンと張った状態になる。サラもやってみるか?」
「……わたしは、いいかな」
「そうか。残念だな」
シンクはその状態から、なんと頭を支点にジャンプしてクルッと回って着地した。どんな曲芸だ!?
「ファーレンもやったらどうだ? 首も鍛えられるし、体幹も伸びて姿勢が良くなるぞ?」
「初心者に勧める方法じゃない気がするが……」
「頭ではなく手をついてやっても問題ないぞ。毎日しっかりやれば体調も良くなるんじゃないか」
「……考えておくよ」
確かにストレッチや筋トレはとても大事なことだけど、意図してやらないとあまりやらないものだ。せっかくシンクという指導者足り得る存在と知り合えたのだ。アメリア君に魔法を鍛えてもらい、シンクに身体を鍛えてもらえば、今からでも私が魔法戦士への道を目指せる可能性はある。やらないよりやったほうがいいのは間違いない。でも、スパルタの匂いしかしないのはなぜだろうか……。
「サラの魔法の特訓は順調か?」
「うん! わたし魔法のカスタマイズができるようになったの!」
「カスタマイズ? …………よくわからないが、うまくいっているようでなによりだ」
シンクは、目をキラキラさせているサラの頭を撫でた。
「想像以上にサラには才能がある。アメリア君に教わっていれば間違いないはずだ」
「アメリア君とやらはよほど優秀な指導者なのだな。私も顔合わせをしておきたいものだ」
「その件なんだけど、ちょうどこれからアメリア君を連れて一緒にごはんを食べに行こうとしていたところなんだ。もちろん、シンクも一緒にね」
「それは渡りに船だ。せっかくだから私にも魔法の才があるかどうかを見てもらうとしよう」
なぜか自信有りげな雰囲気を醸し出してシンクが腕を組んでうんとひとつ頷いた。
「期待しているところ悪いんだけど、なんとなく私はシンクが魔法を使えるようにはならないと思ってる」
「なぜだ!? 私もサラのように修行をすれば魔法を使えるようになるかもしれないではないか?」
「それはシンク、キミがエルフだからだよ」
「……エルフだからなぜ魔法が使えないのだ?」
「おそらくだけど、エルフであるシンクは魔法を自然と使えるようになっていないとおかしいんだ。ほとんどのエルフは魔法を生まれつき使えるというのが定説だ。もちろん稀に使えない者もいるだろう」
「それが私……ということか」
「おそらくだけどね。シンクくらいの年齢になって、今から急に魔法を使えるようになるなんてことはないんじゃないかな?」
「………………なるほどな」
ガッカリするかと思っていたが、シンクは意外と平然としている。
「まぁ、聞く分には問題なかろう。ファーレンの憶測が間違っている可能性もあるしな」
シンクは諦めていないだけだった。私はシンクがそこまで魔法を使いたいわけじゃなく、魔法を使えないことをしっかりと確認したいことが目的なんじゃないかと思った。シンクは戦士として生きてきたんだろうし、これからもそうするはずだ。その方向で間違っていな確信を得ることも強さの一端になる。まっすぐタイプのシンクらしいといえばシンクらしい。
「シンクお姉ちゃんも魔法が使えるといいね!」
「……ああ、そうだな」
無邪気に期待を込めた目でシンクを見るサラ。シンクはふっと優しそうな笑みを浮かべてまたサラの頭を撫でた。
「さて、アメリア君とやらを待たせてしまっているのではないか? そろそろ行こうではないか」
「まだ大丈夫だと思うけど……そうだね。私とサラも着替えをすぐ済ますから、ちょっとだけ待っててくれ」
「ああ。では、私も身なりを整えよう」
私はまずサラの着替えを手伝った。それから自分の運動着を脱ぎ、いつもの研究員スタイルではなく、ちょっとしたお出かけ用の外着に着替えた。と言っても見た目は白衣を来ているか来ていないかくらいの差しかない。服装のバリエーションが多くないのだ。
私とサラの着替えが終わる頃にはシンクの準備も終わっていた。パッと見ではシンクもたいして変わっていないように見えるが、そう言ったら「髪型が違うだろう」とちょっとムッとされた。
変わらずポニーテールだし、どこも変わっていないように見えるんだけどな。





