ある魔法使いの苦悩75 今日はここまで
魔法のカスタマイズを行ったあとは、再び基礎練に戻った。
ひたすらにヒートハンドの発動と終了を繰り返し、カスタマイズではなくどんな状況からでも無理なく無駄なく集中して発動するための特訓だ。
走りながら使ってみたり、ジャンプをしながら使ってみたり、しゃべりながら使ってみたりとあらゆるパターンでの発動状況をテストしていた。
その甲斐あって、元々の才能や既に魔法が使えていた状況を加味しても、魔法の発動に関してはもう自在と言ってもいい状態になっていた。やはりセンスと良い指導が重なると習熟が早まるんだな。
「サラちゃん、もう疲れたでしょ?」
「……うん、ちょっと疲れちゃった」
サラは肩で息をしている。膨大な魔力があるとはいえ、初級魔法のヒートハンドでも発動と維持を繰り返せばそんな魔力すらも枯渇させうる。しかも動きながらだからどちらかと言えば魔力よりも先に体力が尽きようとしていた。
「ゴメンね、あんなに動き回らせちゃって」
「ううん……修行だもん」
「サラちゃんはホント素直で良い子よね。あたしの娘に欲しいくらいだわ」
「お姉ちゃんがお母さん?」
「あ、あの、その……今のはちょっとした勢いで、ね?」
アメリア君はいきなり顔を真っ赤にした。私のほうを見て、私が顔を向けるとすぐに目を逸らした。
「それくらい良い子ってことよ、そう。サラちゃんは勉強熱心だし才能もありうからすぐに伸びると思うわ。そうすればサラちゃんも立派な魔法使いの仲間入りよ」
「立派な魔法使い……うん、わたしもっと頑張る!」
グッと拳を握りうんうんと頷くサラ。
「気合い充分なのはいいけど、今日はもう終わりにしよう、サラ。最初から頑張りすぎて倒れちゃっても意味がないからね」
「……うん、わかった」
せっかくのやる気を急速に萎ませることになったのはかわいそうだけど、まだ修行を初めて一日目だ。充分収穫があった。無理をする必要はない。
サラは魔法を使うセンスがあり、カスタマイズもできる。基礎的な魔法をあらかた覚えてしまえば、あとは自分でどんどんと使いやすいように変更することができる。サラの様子を見るに威力特化の必殺技とか創りそうだけど、消費魔力量さえ気をつければそんなカスタマイズがあってもいいかもしれない。
「アメリア君もありがとう。貴重な一日をサラの修行に付き合わせてしまって申し訳ない」
「いいんですよ。私も嫌でやっているわけじゃないですから」
「そう言ってもらえると助かるよ。アメリア君みたいに優秀な魔法使いが師匠になるんだから、サラにも立派な魔法使になってもらわないとね」
「ファーレンさんもですよ? 忘れたんですか?」
「いや、忘れてないよ。ただ、今日はサラの修行を見るだけで終わってしまったからね」
「ファーレンさんに魔法の基礎を教えても仕方ありませんからね。ファーレンさんに足りないのは圧倒的に応用力です。基礎ができているのに魔法を使えないのは絶対におかしいです」
「そんなに熱く力説されても……」
「あたしはファーレンさんにも立派な魔法使いになってもらいますからね! 覚悟してくださいよ!」
「……ははっ、お手柔らかに」
アメリア君は腰を左手で掴み、ビシッと右手の人差し指を伸ばして私を指し示す。これは逃げることは許されないぞ。逃げないけど。
私は魔法が使えないわけではない。魔力量が少ないのと、実戦で使える魔法を学んでいないだけだ。魔法の研究開発を生業としているだけあり、あらかたの魔法についての造詣は深いほうだ。知っているから使えるかといえばそんなことはない。知識ばかりが増えるいっぽうで技術は追いつかないというのが正しい認識だ。
「それじゃあ、もう時間も遅くなってきたし、アメリア君も一緒にごはんでも食べに行かないか?」
「いいですね! 時間決めておいてもらえれば、それまでにあたし着替えてきますね」
「シンクも連れて行きたい。三十分後にまたここに来てくれないか?」
「わかりました。……じゃあ、サラちゃんまたね」
「うん!」
アメリア君は手を振ると演習場をあとにした。
「さて、私たちも一度部屋に戻ろう。シンクも戻って来ているだろうから」
「シンクお姉ちゃん迷子になっていたりしないかな?」
「所長も一緒だから大丈夫じゃないか?」
シンクは私とサラが魔法の修行をする間やることがないので、研究所内を見て回りたいとのことで所長の案内であちこちを巡っている。ただ、所長もそこまで暇じゃないのである程度のところでシンクは単独行動に移っているはずだ。さすがに迷子にはならないと思うが。
「慣れないところだし、ここ広いからちょっと心配だなぁ」
「心配性だな、サラは。確かに研究所は広いけどね」
新魔法研究所は一部の魔法の研究で大きな空間を必要とすることもあり、かなり広大な面積を有している。私たちが魔法の修行をした演習場もそのひとつだ。壁には抗魔法処理が施されており、暴発した際の被害が最小限になるようになっている。儀式魔法の研究開発が一番危険を伴うので、抗魔法処理が幾重にも施された専用の施設があるほどだ。
シンクはそんな重要施設に行く必要がないので、最小限の設備を見学程度に案内されているはずだ。
「早くシンクお姉ちゃんを迎えに行こう? あたし、お腹空いちゃった」
「そうだね。サラも今日はとても頑張ったから、たくさん食べるといいよ」
「うん!」
ニッコリと笑うとサラは私に手を伸ばした。私はその手を握り、ふたり並んで演習場をあとにした。





