ある魔法使いの苦悩66 連携攻撃
白虎は勢い良く迫り来る球体を難なく避けた。
スパークを纏いながら直線で突き進んでいた暴雷は、白虎の横を通り過ぎ——なかった。白虎の動きに追随するようにその軌道を柔軟に変え、避ける白虎を執拗に追いかける。
「暴雷は狙った対象に当たるまで追いかけるんだよ。避けられるものなら避けてみて!」
メルティは魔法を使ったあとは特に操作をしていない。雷と風の精霊が自律で判断しているのか。
白虎は逃げても追いかけてくる球体にいよいよ立ち向かうことにしたようだ。メルティが自分でバラしたから、逃げても無駄だと観念したのだろう。
『はたき落としてくれるわ』
暴雷は立ち止まった白虎にまっすぐに向かう。白虎は凛と立ち、球体を睨みつける。すぐに白虎の口に青白い魔力が集約される。聞こえない咆哮とともに魔力が解放された。メルティの暴雷と白虎の魔力障壁が衝突する。
激しいスパークを撒き散らしながら、暴雷は魔法障壁を突き破ろうとその侵攻を緩めない。
「シンク白虎の横を狙ってくれ! サラは逆から接近するんだ!」
私はこれを好機と捉え、暴雷の威力に拮抗して身動きが取れなくなっている白虎を削ることにする。シンクの矢が斜めの弧を描き魔法障壁を回避するように白虎へと向かう。だが精度が悪い。まだ咆哮の影響を受けている。魔力のスリップはシンクには影響しないはずだが、物理的に大きな音の影響が思いのほか大きい。
サラは魔力が落ちてきているのかヒートハンドの輝きが落ちている。だが、元々の魔力量が大きいため力を込めるだけですぐに再燃される。
白虎の正面には暴雷。左からは迫り来る幾本もの矢。右からは拳を燃やしたサラが走り寄る。
『……小癪な』
白虎の声の響きに苛立ちのようなものが混ざる。試練とはいえ、無様に負けてくれるつもりはないようだ。
サラはがら空きになっている白虎の右腹を目掛けて左拳を突き出す。最後に跳躍して落下による威力をかさ増ししている。白虎は暴雷を防ぐことで手一杯なため、甘んじてその攻撃を受ける。
白虎の身体がサラの攻撃でちょっとだけくの字に折れる。それで充分だ。魔力障壁の位置がずれ、暴雷がそこを喰い破ろうと暴力性を増す。球体だったそれは先端を尖らせたネジのような形になる。風の力で回転が横向きに加えられ、まるでドリルのように魔法障壁を突き破る。そのままの勢いで白虎の喉笛を狙う。勢いづいた雷が先行して白虎の額に激しい電撃を浴びさせる。
さすがに加速された暴雷をまともに受けるわけには行かない白虎は、サラの攻撃に押されるようにそのまま自ら横に吹っ飛ぶ。そちらからはシンクの矢が迫っていたがお構いなしだ。矢が数本白虎の背に突き刺さる。
「あっ……まずいっ!」
勢いを得ていた暴雷は白虎ではなく間近にいたサラにその射線を捉える。攻撃対象は白虎のはずが、距離が近すぎた。
メルティは慌ててふたりの精霊に静止の指令を出す。
「サラ! 避けるんだ!!」
「うん……きゃあぁ!」
「サラ!?」
ジャンプしてからの攻撃だったため、サラはバランスを崩していた。なんとか暴雷を避けることには成功したが、それで転倒してしまった。
私はサラの元に駆け寄る。ただ転んだだけに見えるが、暴雷は雷属性の攻撃だから当たっていなくても影響があるかもしれない。
「サラ、ゴメンね! 暴雷に魔力つぎ込みすぎて威力が高くなりすぎちゃった!」
「大……丈夫、よ」
サラはグッと足に力を入れてゆっくりと立ち上がった。私はサラの元に辿り着きその身体を支える。
「無理はするな。どこかダメージは残っているか?」
「ファーレン……大丈夫だから」
サラはニコッと笑った。私はその様子をじっと観察する。無理をしている様子はない。幸いにも暴雷の魔力に当てられていてもダメージはないようだ。
「わたし、まだ戦えるから」
「サラ……」
白虎は致命的な攻撃を仕掛けるようなことはしてこない。これは白虎にとってはあくまで余興だ。本格的な攻撃が混ざってはいるものの威力は決して高くない。
「わたし、どんどん力が沸いてくるようなの。魔法もまだまだちょっとしか使えないし、もっと試してみたいの」
「…………わかった」
サラがそこまで言うなら私は止めない。本物の戦闘であればどんなに力の差があろうとも私は白虎の前に立ちはだかるつもりだ。模擬戦とはいえ戦いの如何によっては怪我をすることもある。サラにだけ戦闘を押しつけるわけにはいかないからだ。
「私も戦う。どうせ力を試されているのだ。戦士じゃなくても戦えるってことを見てもらえる数少ないチャンスじゃないか」
「ファーレンは戦わなくていいと思う」
「そう言うな。私にはナイフ一本と言ったが、こう見えても魔法使いの端くれだ。うまく立ち回ってみせるさ」
私はポケットに潜ませている魔導具を確認した。煙幕。閃光弾。着火剤。実用的すぎるが、ギリギリ使えるか。
「まぁ、これでなんとかするさ」
私はポケットの中の頼りない、けど大切な相棒たちをそれぞれ握り締めた。





