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居酒屋『冒険者ギルド』  作者: ヒース
第2話 ある魔法使いの苦悩(後編)
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ある魔法使いの苦悩65 サラの戦い

「いくよ!」


 サラが両の拳を低く構えたまま、白虎との距離を一気に詰める。一瞬で懐に入り込む、そのままお腹目掛けて燃える拳を打ち込んだ。


『速いな……!』


 白虎はすんでのところで身を捻って回避する。だが、詰め切っていたサラが途中で拳の軌道を変える。白虎は避け切れず、ヒートハンドの攻撃がヒットする。だが浅い。


「援護する!」


 シンクが援護射撃を行った。今までのような散発ではなく、十本もの矢が別々の放物線や軌道を描いて一気に白虎を襲う。と同時に素早く移動し、別の角度からまた連射する。無限の矢だからこそできる芸当だ。


 サラは大地の精霊に似た戦い方だが、腰を使いコンパクトに最短の距離で左右の拳を白虎に打ち込んでいく。今はシンクの矢が的確に進路妨害になっているので、白虎の動きが鈍い。反撃で繰り出す爪もサラが近すぎて当たらない。


「サラの奴やるじゃん!」


 さっきよりも優勢に展開される戦闘に、メルティが次なる精霊の召喚を行った。


 サラの拳を避けようとした白虎の身体がガクッと何かに引っかかるように止まり、その隙を逃さずついにサラのヒートハンドがクリーンヒットする。打撃と火炎のコンボが決まり、見た目以上のダメージを白虎に刻む。


「どうだ!」


 メルティが勝ち誇り、親指を立てて胸を張る。


 白虎の足を掴んでいるのは木の精霊だ。蔦を白虎の足に絡めて動けないようにしていた。見れば二方向から同時に白虎を絡め取っている。これでは動けない。


 サラは間断なく拳を叩き込み続ける。試練だからというのもあるが、なかなか容赦がない。戦う前は苦しそうな顔をしていたが、覚悟を決めれば強い力を発揮できるんだな。


『素晴らしい連携だ。神を相手によくやっている』


 白虎の声はやや苦しそうだ。


 真っ白な毛並みもサラの攻撃で煤けてくる。シンクの矢も動かない白虎に当たり始めている。


「ファーレン、ここで煙幕とか叩き込まないでよ!」


「わかっている。さすがに私はそこまで間抜けじゃない」


「そうかなぁ? ちょっと活躍したいとか思ってるんじゃないの?」


「…………」


「えっ、図星!? マジでやらないでよね!!」


「……やらないから安心してくれよ」


 メルティに釘を刺されてしまい、私の活躍の場がひとつ失われた。もちろんこの状況で煙幕を炊いたら私たちのほうが遥かに不利になる。非戦闘職がナイフ一本で戦士の戦いに加わるわけにもいかない。ただうしろから戦闘の行方を見守ることしかできない。


『これならどうだ』


 白虎の声が強気を帯びる。身体を大きく捻ってサラを引き剥がす。そのままトレントの蔦を引き千切りながら後方に跳躍し私たちから距離を取る。


 その場で前足を大きく広げて頭を低く構える。口を開け、大きな咆哮を発した。


 耳をつんざく大音声に、私は思わずナイフを取り落して耳を塞いだ。大きな耳のシンクは頭を抱えてうずくまっている。メルティは平気そうだ。


「サラ、大丈夫か!」


 耳がぐわんぐわんとして自分の声も曖昧に聞こえる。シンクも心配だが、うしろからではサラの様子がわからない。


「……大丈夫」


 サラは私のほうをチラとだけ振り返る。眉毛が困ったような形にへの字になっている。何の影響もないというわけではなさそうだ。


「……凄いね。物理的には大音声だけど、魔法的にはスリップがかかってるよ」


「スリップ?」


「ファーレンは感じない?」


「……もしかして、魔力が抜けている、のか?」


「大正解ー! そうそうそれ! もう、ヤバいくらい徐々に魔力が抜けていってるよ。こんな珍しい効果を受けたことないけど、鼻血が止まらないのに似てない?」


「……そのたとえはどうかと思うぞ」


 なるほど。言われてみれば確かにかなりの脱力感がある。咆哮のショックで行動を封じながら、スリップ効果で魔力を消耗させるというコンビネーションなのか。効果範囲が抜群に広いので、多数を相手取るときには特に有効そうだ。一対多数が当然の神の領域での戦いでは必須の能力なのかもしれない。


 それを鼻血にたとえるとか、メルティの持って生まれた変態性を感じざるを得ない。そんな場合ではないのに。


「なんかヤダなぁ、これ。このまま無駄に減らされるなら、どうせだからちょっと大盤振る舞いしちゃおっと!」


 メルティが両手を伸ばして白虎に向ける。


「雷の精霊さん! 風の精霊さん! いつものアレ、よろしくー!」


 伸ばした右手から弾けたスパークが、また伸ばした左手からは荒れ狂う竜巻のような渦がそろぞれ発生した。


 すぐにそれらの属性現象はひとつの形を象った。人のような姿だ。


「混合精霊魔法——暴雷!」


 雷の精霊と風の精霊はそれぞれ親指に相当する部分をグッと立てる。そして肩をガッチリと組み合わせると人の姿から属性現象に戻る。バチバチと雷の弾ける物凄く凝縮された風の玉。それがメルティの使った暴雷という精霊魔法だ。普通は混合して使うことのないふたつの精霊魔法が混じり合い、おびただしい魔力量の余波が周囲に溢れる。


「サラ、避けてねー!」


 サラの返事を待つことなく、メルティが両手の前に浮かんでいた暴雷を弾くように突き飛ばした。

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