始まりは絶望
いつもと変わらない寝不足の朝、
いつもと変わらない限界まで詰め込まれた電車、
いつもと変わらない陰気な職場、
いつもと変わらない終わらない仕事。
毎日毎日毎日毎日同じことを繰り返すだけのロボットになったような日常が俺の生きている世界だ。
「結城ー!ちょっと来てくれー!」
山積みになっている仕事を必死に進めていると、無駄に大きな声で上司からのお呼びがかかる。
「はい、」
ああ、今日も残業か…
そこそこで切上げて仕事に戻りたいところだが、気持ちの悪い笑みを浮かべている所を見るとそうもいかないだろう。
定時で上がることなど夢のまた夢、分かりきっていることだ。と諦めつつ上司の元へ向かう。足が重い。
上司に案内されてたどり着いたのは普段入ることなどない無駄に豪華な応接室だった。
「まあ、座ってくれ。」
普段は部下に気遣いなどしない人が笑顔でそう言うとこんなにも悪寒が走るのか。
ふわりと浮かぶ嫌な予感に現実逃避した思考を遮るように、俺が座ったのを確認した上司が話始めた。
「まあ、なんだ...今会社全体が業績不振なのは分かっているよな?」
「....はい、」
「会社にとって一番経費がかかるものはなんだか知ってるよな?」
なるほど、嫌な予感というものはどうしてこうも当たるのだろうか?
「....。」
微々たる抵抗をするように黙る俺を無視して上司は言葉を続けた。
「人件費だ。人を雇うためには金がかかる。だが金がなくなってしまったら人は雇えない。だから、うちは人員を減らさなければならない。結城、ここまでいえば分かるよな?」
ああ、わざわざ遠回しにご苦労なことだ...。
まさかのことに意識が遠のいたように耳鳴りがする。
いや、今の会社の状況を考えればこういう話が出るとは思っていたが、何故自分がこうなるのかがわからないのだ。
黙りこくったままの俺の両肩に無駄に威勢のいい衝撃が来る。
「分かってくれ。お前以外の奴らは家庭があるんだ。そいつらの仕事がなくなるのは可愛そうだと思わないか?な?分かってくれ。」
分かってくれ?何を分かれっていうんだ?家庭があるのは全員じゃないだろ?俺より仕事が出来ない奴もいるだろ?
「...わかりました。」
「おお!そうか!!お前ならそう言ってくれるとおもってたよ!」
言いたいことなんていっぱいあった。でも、何も口から言葉が出ることは無く。耳障りな上司の大声だけが俺には不釣り合いの応接室に響いた。
いつもと変わらない帰り道、
いや、いつもより早い時間の帰り道、
駅で電車を待つ。
平日のこんな明るい時間にこんな場所にいるのは初めてかもしれない。
うっすらと月の見える空を見上げて、久々に空を見たことに気づく。
今日は星が綺麗に見えそうな日だなぁ。
ゆっくりと思考をめぐらせてみるが、同時に明日からどうしたらいいのか、34で専門職でもなく再就職なんてできるのか...
疑問が浮かぶ度に地面がなくなったような不安感が湧き上がる。そんな思考に囚われた時だった、体が突然傾ぐ、足に力を入れるが靴底が空を切る。
「ーっ!?」
本当に地面がない!?
抵抗することも出来ず倒れる体で、咄嗟に手を伸ばし何かをつかもうとするが、その手は空を切った。
視界の先は鉄の棒...線路だ!
落ちたらやばいと分かっているのに、俺の体は重力に逆らうことが出来ない。
「電車が参ります。危ないですから白線の内側に…」
うっすらと聞こえたアナウンスに左側を向くと目の前に見えたのは.....そこで俺の意識は途切れた。