やっぱりかわいいお姫様。
辛うじて前を向いているけど、景色も何も見えちゃいない。
うつむきたいけど矜持がそれを許さない。
ていうか、いま下を向いたら色々出てきそう。涙とか、喚き声とかそういうのが。
ぎり、と奥歯を噛み締めた音が聞こえたのか、隣に座っている王子がこちらにちらりと視線をやった。
「……何だとお思いでしょうか」
「レオノワトの言いたいことはよく分かるよ」
「いいえ、分かっていらっしゃらないわ。何も」
立ち上がって向かい合い、ぴしりと背筋を伸ばして、座っている王子を見下ろした。
「王子は 私 たちを馬鹿にしているの?」
「……そうではないよ」
大声を出したいのをぐっと飲み込んで、静かに息を吐き出した。
ここで感情的になっても、何も好転しない。
落ち着け、冷静に。
「……十年です……いいえ、初めてお会いした頃から数えるとそれ以上になります」
私の後ろ側には、候補姫たちと、ヴィクトル様の側近たちがいる。
小さな頃から、ずっと続いてきた縁で繋がっている人たち。
仲間だったり、同志だったり、好敵手だったり、その時々で様々に変わる、不思議な関係の人たち。
ヴィクトル様にとっても、それは同じでしょう?
そう思っているのは、私だけ?
「その間、みな貴方の為に学んだり、努力をして己を磨いてきたのです」
「分かっているよ」
「なら何故そのような身勝手が言えるのでしょう」
「……頃合いだと思ったからだ。皆の努力に報いるには、ここで手を打ちたい」
「やはり何もわかっていらっしゃらないじゃない」
私は、まあ、いい。
嫌だけど!!
皆のように本気で努力した訳じゃないし。
自分が言っているのはただのわがままだという自覚もなくはない。
もう随分前に諦めていた。
本当は。
ただ意趣返しがしたかっただけ。
素直に従うのが、悔しかっただけ。
本意ではないと、少しでも伝わればいいと、思ってただけ。
誰かを本当に好きになりたかった。
なれなかった自分に苛立って、誰かを本当に好きになった人たちに苛立っていただけ。
「もう一度言います。候補姫は……彼女たちは、貴方のお妃になる為に選ばれて、貴方の為だけに努力してきたのですよ」
「全員を側室として迎えられる余裕は無い」
「……そんなことは分かっています。分かっていて、言っているの。……だから、どういう意味かお分りでしょう?」
痛まない私を切ればいい。
何の後腐れもない、静かに後ろに下がっていける、私を。
「レオノワトは私の妃だ、それは変わらない」
「ヴィクトル様……頭だけじゃなく根性まで腐ってらっしゃるのね」
ぶは、と吹き出したのは、文官補佐のユーゴね。見てなくても声で分かるのよ、後で覚えていらっしゃい。
「……レオ。何も急に決まったのでもない……皆もそれで良いと了承した」
「貴方に言われれば、了承せざるを得ないでしょう」
「……そうだな。確かにそうとも言えるが」
ちょいちょいと手を振られて、後ろを見てみろと合図される。
はあ?
……まさかまさかのまさかなの?
ジュリシテ?! 何で恥ずかしそうにもじもじしてるかな!!
オイ、こらリスティド!! お前それで良いのか!! 何で真っ赤になってるんだ!!
言い方悪いけどお古だぞ!!
ごめん……お古はないよね。
いや、ていうかジュリシテ、みんな! 妥協するなよ、諦めるなよ、譲るよ?! 今すぐにでも、この立場!! あげる!! どうぞ!! さあどうぞ?!
他のみんなもにやにやするなよ!!
なんだこのほっこりした雰囲気!!
え、なに。
私のこの怒り損感。
待て待て、みんないいのか、それで!!
と、私の顔に書いてあったのか、候補姫たちはそれぞれに笑顔だった。
仕様がない、とか、すっきりした、とか、そんな感じだったけど、笑顔だった。
ジュリシテはリスティドに下賜される形で、王城を下る。
他の候補姫たちも同様に、それぞれ貴族や、王族の誰かの元へ。
ひとりひとり時機を見計らって、候補姫たちが城を去っていく。
見送る私の肩に、ぽむ、とユーゴの手が乗った。
びしゃっと払いのけると、うははと笑って城に戻っていく。
「皆レオノワトに感謝していると、お礼を、と言っていたよ」
「私、別に何もしなかった……むしろ嫌な事しかしなかったのに」
「……皆の為にあれほど怒って、やっと初めてレオの考えが解った。皆にレオの気持ちが伝わったんだ」
「……ただ意地悪しただけだし、私が城を去りたかっただけなのに……」
「まだ言うのか?」
「……みんな、行ってしまった……私をひとり残して……」
「……やっとふたりきりだね」
後ろからむぎゅりと抱きつかれる。
おい、ふたりきりじゃないからな。
周りを気にしろ、ユーゴ以外の側近が全員こっち見てるわ。
ていうか、感傷に浸らせてくれ。
長らく共にしていた姫たちとの別れだぞ。
最近は嫌味しか言ってなかったけど、その前はそれなりに仲良しだった人たちとの別れだぞ。
「少しは気を遣え、憚れ……腐れ王子」
「口が悪いぞ、レオ」
「あら、ごめんなさい。声に出ていた?」
「……今まで充分に我慢したんだ、許せ」
「姫たちに申し訳ないと、誠意くらい表されたらいかがかしら?」
「……やれるだけのことはした。私にとっても、幼い頃からの友に代わりはないからな」
「苦心したとおっしゃりたいの?」
「目に見える形にして渡したつもりだ。本人たちも納得している」
「……どうだか」
「言ったろう? 『私の周りは満場一致』でレオノワトが妃に決まっていると」
「まあ……私の知らない間に、水面下で。……周到ですこと」
睨みまわすと、みな顔を背ける。
にやにやしながら。
「……王子だけではなく、その周辺まで腐っていますのね?」
「……レオの口の悪さもな……私たちはお似合いだよ」
「あら、ありがとう」
「いやなに、どういたしまして」
子どもの頃の気持ちを引きずっていたのは、どうやら私だけみたいだった。
それなりに妥協したり、諦めたり。
……中には喜んでいる人もいたけれど。
いつの間にか、みんなそれぞれ悪い意味で大人になった。
あえて悪い意味だと言わせてもらおう。
私も悪い意味で、大人にならないといけない時がきたのかもしれない。
うそうそうそ!!
嫌だ!!
やっぱり、い! や! だ!!
「こっちに来ないで!!」
「なんだ、何を怖がることもないぞ」
「……やだやだ、ホントに!! 本気で!!」
「覚悟を決めろ。腹を括れ、レオノワト?」
「無理!!」
「婚姻の儀も決まったし、何を隔てるものもないぞ?」
「私の心が許しません!」
「……そこが一番厄介だったか」
「とりあえず服を着て!!」
「……下は穿いている」
「上が脱げてる!!」
「レオも脱げばおあいこだ」
「何その理論!!」
「……もしかして照れているのか?」
「腐ってもげろ!」
「やめてくれ、これから使うというのに」
「縁起でもない!!」
「それはこちらの言うことだ」
じりじり逃げるとじりじり追ってくる。
走ると走って追いかける。
半裸で笑いながら。
もうただの変質者だ。
怖すぎる。
「かわいいぞ、レオノワト」
「……えぐキモい!!」
「……好ましい要素がひとつもないじゃないか」
「あると思ってるのか!!」
がばっと捕まって、抱えられて、そのままどさっと寝台に乗せられた。
くく、と意地悪く笑っているのが、腹立たしい。
「……貴女はこのまま。いつまでも変わらず、かわいくあってくれ?」
知るか。
かわいいの基準がおかしな人の、何をどう測る必要があるのか!
どうやったら、形勢を逆転できるんだ。
まあ、みてるがいい。
伊達に磨いてきた訳じゃないからな。
この折れない精神で、いつかそのうち、必ず。
必ず。
……どうしたらいいか、今は分からないけど!!
「いつか必ず、参ったって言わせる!」
「……参った」
「やだ、今じゃない!!」
「……かわいくて参るな」
「くそくらえ!!」
「……好きだよ、レオノワト」
……うん?
違う違う違う違う違う!!
無いから!!
ナニコレ止めてください、ホントにムリですから!!
ふたりはこのままずっとこんな感じ。
ここまで読んでいただきましてありがとうございました。
次の5話目はおまけです。