かわいいお姫様。
「この程度で 私 を蹴落とせたとお思いなの?」
そんな……と小さな声を振り絞る姿は、すごく可愛らしいと見てもらえる。
とても良い調子。
冷徹な上に人を見下した笑みを含んだこの嫌味の返答に、か弱く消え入りそうな悲しげな声。
どちらがどんな風で、何をしているのか、誰が見ても一目瞭然。
もう少しすれば王子が通りかかるでしょう。声をかけられた瞬間に涙のひとつでも見せれば、上手くいくはず。
「その気もないのなら、貴方は何故この場にいらっしゃるのかしら。さっさとご辞退申し上げて、お家に帰られたらいかが?」
これでもかとわかりやすい嫌味に耐え、少し震えている姿は庇護欲を掻き立てること間違いなし。
守ってあげたい。
そう思うように出来ている、王子はそう作られた人だもの。間違いなく心配しながら駆け寄って、優しく話を聞いて下さるでしょう。
でもひとつ気を付けなくてはいけない。
ここで慌てて嫌がらせを受けたと言わないこと。
何でもないと、悲しげながらも笑みのひとつでも浮かべるのが効果的。
「 私 は第一候補、貴方はそれ以下……覆せるのかしら。 貴方程度の人が、私のこの立場を」
さあもう頃合い。
第一王子様、ここに可憐で儚げで、小さな花のような可愛らしいお姫様が悲しそうにしてますよ。いつでも通りかかって、どうぞ。
「あら。泣いてしまうの? このくらいのことで泣いていて、よくも王太子妃候補だといえたものね。恥を知るといいわ」
中庭を見下ろせるこの書庫はお気に入りの場所。
部屋にはたくさんの書棚が並んでいる。
だから余計に狭く感じるし、大きな窓はあるけどその書棚のせいで薄暗い。
でもその感じがとても落ち着く。
希少な自由時間をここで過ごすのが、私はとても好き。
人は滅多にやって来ない。
そもそも皆はここに私が入り浸っていると知っているから、他の王太子妃候補は立ち寄りもしない。
第二候補のジュリシテは中庭の長椅子の端で、私の嫌味に傷付いて、これ見よがしに気落ちした空気を撒き散らしている。
ああ、いけない。
あの子は本当に心優しくて気弱な子だから、真剣に気落ちしているんだった。
ついついクセで意地悪く考えてしまう。他のお妃候補がひとつも食えない性格だから。
ジュリシテにはやり過ぎないように気を付けなくては。
さすがに少しかわいそうだったかな。
おっと、やっとのご登場ね、王子。
いつもより遅いから、ムダにいじめたかと心配したじゃない。
ああ!
いい!
とても良いタイミングの涙だわ、ジュリシテ。
思わず肩を抱き寄せる王子の気持ちが、私にもとても良くわかる。
さあ、王子。
私がここに居るのは知っているでしょう。
私がジュリシテに嫌がらせをしたの。
この窓を憎々しげに見上げて。
そしたら私、これ以上無いほどに冷たく笑って見下ろしてみせるから!!
ほらキタ!!
あの怒りのこもった王子の顔……!!
よっし!!
いいぞ、私!! よくやった!!
ああ、ダメだ。あんまり思い通りだったから、必要以上に笑いそう。
ここで間違えたら本当にいじめ損だから、気を引き締めて。
悪そうに笑わないと。
おっと?
中庭に悲しむジュリシテを置いて?
私を怒りにいらっしゃる気かしら?
それは願ったり叶ったり。
今までどれだけ王子のご不興を買うのに苦労したことか。
もういい。
本当にもうたくさん。
そろそろジュリシテを王妃に決めて。
当て馬も咬ませ犬も、充分過ぎるほどやってあげたでしょう?
王太子妃第一候補の座なんて、ホントにムリ。
うん。
少し落ち着こう。
ここからはいつも通り冷静に。
もっともっと嫌われることを第一にして、それ以外にはない。
扉を開ける音の強さで、どれだけ王子が怒っているのかがよく分かる。
「レオノワト!!」
窓のガラスがびりと震えるような低い声。
来た来た!!
すごく怒ってる。
良い感じ。
「……何かご用でしょうか? ヴィクトル様」
「……問わないと要件が分からないのか」
「怒っていらっしゃるの?」
「聞かないと怒っていると分からないのか」
あらら。
書棚に追い詰められてしまった。
逃げ道をふさがれたのは、ちょっと怖いな。
けど、まぁ、少々ぶたれるくらいは我慢しよう。
それで候補から外れるなら安いものだ。
「わざわざ人を悲しませないと気が済まないのか」
「…… 私 は当然のことを言ったのよ? 悲しんだのはあちらのご都合ではないかしら」
「言い方がある」
「言い方ひとつで泣くようで、この先に王妃が務まるとお思い?」
苦々しい顔で、重々しいため息……もうひと押しって感じか。
「レオ……」
「馴れ馴れしく呼ばないで」
悪いけどヴィクトル王子。国や家であれこれ難しいとは思うけど、悩まなくていいから。
さっさとジュリシテを王太子妃に指名してちょうだいよ。
「……何がしたい。どうすれば気が済むんだ。レオノワト」
どうする? ここで正直に王太子妃候補から外してと頼むか……まだもう少し怒らせるか。
「ヴィクトル様はどう思われます?」
「私の想いを聞きたいのか」
「聞かせて下さるの?」
「私は、レオ……貴女が」
あらあら鋭い目付き、怖い顔。……多分、私も同じ顔をしているからかな。
王子が書棚に突いている手を握る。
ぎしりと音が聞こえるほど力が入っていく。
私を睨みながら、王子は耳元で囁くべく顔を寄せてきた。
遠くから見たら愛を語らい合う恋人同士に見えるかも知れないけど、全然違う、全くの正反対……
「貴女は王太子妃候補から外れたい。それに私が気が付いていないと思っているな?」
「……はい?」
「そう易々と貴女を手放したりはしないぞ?」
「ヴィクト……ル様?」
「事あるごとにジュリシテを私に差し向けているだろう」
さっきから耳や頬に当たっているのは。もしかしてアレか。
唇なのか?
「私がジュリシテに好意があると、レオはなぜ勘違いしたんだろうな」
待て待て待て待て待て待て。
間違えたのか?
どこから?!
いつから?!
「候補から外れられると思うな? 私はレオ以外を妃にする気はない」
「……優しいみんなの王子様は、かわいいお姫様が好き……なの……では?」
「……そうだな、その点は……少し失敗した」
「失敗……とは?」
「優しいフリをして、かわいいお姫様に気がある素振りをすれば、妬くと思った」
「やく?」
「やきもちを」
「………………なぜ?」
「はは。ほらこれだ。……ひとつも私に興味がない」
「……分かっているのなら、どうして」
私の時間と苦労は無駄だったのか。
今まで何をしていたんだろう……胸が苦しい……泣きそうだ。泣かないけど。
頬をするりと撫でてくるので、王子の手をびしゃっとはたき落とす。
もう体面を気にしているのも馬鹿らしい。
くすぐったいし。
可笑しそうにくくと喉を鳴らしている王子が憎たらしいったらない。
おい、優しいみんなの王子様はどこへ行った。
「……レオの思い通りにはさせないぞ?」
「いやだわ……ジュリシテの何が不満?」
「レオノワトじゃないところ」
ひゅっと吸い込んだ息が、ため息になって出ていく。
「可憐で儚げなところが良いと思わない?」
「かわいいとは思うが、それで終いだな」
「……じゃあ、こうしましょう。ジュリシテが気に入らないなら、これから私はジュリシテのように振舞ってみせるわ、これで私が気に入らなくなるでしょう?」
「……何だそれ。レオに可憐で儚げ要素が加わるとか、何のご褒美だ」
「……困ったわね、思ったよりも馬鹿なのかしら」
「そっくりそのままお返ししよう」
にやにやと人の悪い笑みを浮かべた王子に、気が付けばいつの間にか抱き寄せられている。
参った。
がしかし。
王太子妃候補を舐めないでいただきたい。
王太子妃教育には、護身術もある。
私は最低限の動きで最大の効果を発揮できるのですよ、ヴィクトル王子。
さあ。
どうですか。
私の掌底の威力の程は。