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外れた世界で少年は。  作者: 西山ナリタ
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殺人衝動 Ⅱ

 『神宮司』という冗談のような、にわかには信じ難い絵空事のような都市伝説染みた殺人鬼のことを僕は誤解していた。八千代から幾つかの情報を得て、そこでようやく『神宮司』という殺人鬼が何なのかを理解することができたのだった。それを言ってしまえば、籠目ちゃんの言葉の半分以上を理解していなかったということになりかねないけれど、彼女自身が話半分冗談半分に伝えていたことを鑑みれば、罪悪感に駆られるほどではなかった。

 誤解。

 一つの誤解。

 僕はてっきり『神宮司』という名前を特殊な殺人鬼の総称だと思っていた。都市伝説のような、存在も疑わしいような殺人鬼を『神宮司』と呼称しているのかと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。

 『神宮司』、それは殺人鬼の固有名詞だった。

 要するに、人の固有名詞であり、苗字であった。

 ネット上で一人歩きする都市伝説や街談巷説、巷で話題の噂話や道聴塗説には全く関心を抱かない僕にとって、八千代から得た『神宮司』の情報の正確性がどうこうと言うより、その信憑性の方が気になってしまう。


 にわかに信じ難い話だ。

 冗談のような話だ。

 そもそも、存在すら疑わしい殺人鬼であるならば尚更、話半分の噂話ではないだろうか。

 それをどう信じろと言うのだ。

 しかし、信用性のない情報ソースならばとにかく、僕がどう考えどれほど疑ったとしても、『神宮司』の情報は紛れもない真実であり、信用に値する的確なそれなのだ。内心でどれだけ疑いを持ったとしても、八千代から得た情報となれば否が応でも信じなければいけない。これは別に強制的な意味合いを持っているということではなく。

 末端から末端までの人脈を築き、想像すらできないほど横に広がる情報網を持つ八千代――情報戦では並ぶ者など皆無であり、突出した情報収集能力を持つ彼女から得たそれだ。例えば、八千代が明日世界が滅ぶらしいと言えば、それは疑うまでもなく真実であり事実なのだ。勿論、八千代自身が嘘を吐いているという可能性を除外し切れない以上、彼女の言葉の全てを鵜呑みにするわけはいかないが、八千代に絶対的な信頼を置いている僕であっても、さすがに「明日世界が滅ぶらしい」と聞かされ、「はいそうですか」と二つ返事することはできそうにない。


 『神宮司』の苗字を持つ殺人鬼は一人でなく、どうやら二人らしい――兄を蓮ニ、妹を甘奈とした兄妹だと八千代は言う。

 兄、神宮司 蓮ニ。

 妹、神宮司 甘奈。

 間断なく。

 兄妹、揃って殺人鬼であり続けている。


「正直、私ですら神宮司兄妹の情報を全て集めることは不可能に近い。例え集めることができたとしても、それは確かなものとは言えないだろうな」


 八千代は僕が即席で調理したパスタを啜りながら言う。

 変わらずテレビではほとんど同時に起こった二箇所の事件現場と中継を繋ぎ、最新の情報を視聴者に届けていた。

「八千代が集めることのできない情報、か」

「先に少年の話で出た籠目紫と言ったか、その女子高生が一体何者なのかは知らないが、彼女が曖昧に君に話したのも、元々、情報そのものが至極曖昧なのだよ。まるで、本当に都市伝説みたいな噂話のようにね」

 籠目ちゃんがベランダから危険を犯して去って行った後、勘の鋭い八千代相手にどう足掻いたところで隠し通せるものではないと、僕は彼女の存在を自白した。エレベーターホールで突然声を掛けられたところから、八千代の部屋で何を語ったか、細部に亘り事細かく説明をしたのだった。話の途中に幾度も挟まれた八千代の剣呑な相槌に僕は身を震わせることになったけれど、彼女の器の大きさを実感しながら、なんとか弁明の余地があって、なんとか今に至るわけだった。

 まぁ、見ず知らずの女子高生を、しかも無関係の八千代の部屋に勝手に招いたという罪が赦されただけで有難い。

 わだかまりが完全に解けたとは言い難いけれど。

「所詮、ネットで得た知識なのだと思うよ、その女子高生。このご時世、検索エンジンでも使えばどんな情報だって得られるんだから」

 それが間違った情報だったとしてもね、と八千代は薄っすらと笑みを浮かべた。

 確かにそうなのかもしれない。

 籠目ちゃんとの曖昧な会話は確かにそう言ってもおかしくないものだっただろう。話半分で、まるで噂話を伝播させるような口調だった。曖昧な内容が余計に好奇心を煽ったし、妙に情欲を駆り立たせるかのようだった。それがネットからの引用なのかどうかはさて置き、話半分に聞いていた僕ですら籠目ちゃんが語る『神宮司』という殺人鬼に多少の興味を引いたことは間違いない。


 それならば、僕以上に興味を引かれているであろう籠目ちゃんが殺人鬼に憧憬を抱くことに納得もいく。しかし、どうだろう、八千代が言うように仮にそれがネットで得た信憑性のない情報だとして、殺人鬼に憧憬を抱くだろうか。加え、彼女はそれだけでなく、殺人鬼の犠牲者になりたいと言い張ったのだ。

 平凡な女子高生が一変、類稀なる狂気の殺人鬼の犠牲者に成り上がる。それは、憧れを通り越して、ある種の狂信者のようではないか。ネットで得た情報に錯誤するならばともかく、彼女は心底それを信用している――籠目 紫は『神宮司』に憧憬を抱き、殺さることを望んでいる。単なる好奇心ではない、純粋な興味本位でもない、それはまるで殺人鬼に心酔しているようだ。

 『神宮司』という殺人鬼がネットを中心に都市伝説のように扱われ伝播してきたことを考えれば、籠目ちゃんのそれは彼らを宗教祖として崇拝するようなもののように捉えることができるだろう。だからこそ、憧れを通り越した狂信者とは確かに言い得ているのかもしれない。

 狂信者。

 それを言えば、一体どれだけの『信者』がいるのだろうか――『神宮司』という未知なる殺人鬼に憧れ、或いは興味を抱く不敬者がどれほどの数に上るのだろうか。ましてや、籠目 紫と同じように「殺されたい」と志願する者などいるのだろうか。


「……ふぅ、食べた、食べた。ごちそうさまだよ、少年」

「どうも、お粗末様でした」

「ぜひ今度私に料理を教えて欲しいものだ」

「その台詞を聞くのは何度目だろうね……と言うか、過去に数回手取り足取り教えたと思うんだけれど」

 食事を終えた八千代と並び、僕は事件現場と中継が繋がれたニュース速報に目をやる。

 繁華街で起きた通り魔殺人事件、そして、僕が通う大学内で起きた惨殺事件。

「この様子だと少年の大学は暫く休校だな。見てみろ、規制線だらけだ。あの中で授業するのはある意味興味があるが、まぁ仕方ないね。いずれにせよ、万年サボタージュ、授業料を溝に捨てるような生活を送っている君に言っても、大した損害にはならないだろう」

 辛辣な言葉と共に、八千代は深く腰を据えたソファから立ち上がる。どうやら食後にシャワーを浴びるようで、何の躊躇いもなく隣で脱衣する彼女を見ないよう、布の擦れる音を聞きながら僕はよりテレビに食いついた。

 肌と衣服が擦れる音。

 時折聞こえる金属同士がぶつかる音。


「……………………………………………………」


 短くない期間を共にしてるわけで、女子力の欠片もない、乙女の片鱗すら見えない八千代のこうした行動を目の当たりにすることには慣れたけれど、しかし、どうしたってこの悶々とした何とも言えない感情には慣れない。

 感情というか、情欲か。

 反転させれば、欲情。

 画くべき一線を軽く超越する言葉の登場だった。

 それにしても、と思う。

 八千代の口から出た『神宮司』の少ない情報はともかく、警察機関から事件解決の依頼を請け負ったと言っていた。事件とはつまり、今まさに僕の目の前で中継されている近隣で起こった二種の殺人事件のことなのだ。


 しかし、どうしてだ。

 事件発生から間もない短時間の内に八千代へと依頼が回ってきた意味は一体何だ。およそ数時間、いや、ほんの一時間程度前の事件なのだ、そもそも捜査云々ではなく現場検証も済んでいないのではないだろうか。例えば、これが事件発生から数日が経過し、確固たる証拠も得られず捜査が難航した結果、八千代に依頼が来るというのならまだしも、いや、これはそんな一般的な事件で通用する過程ではないのか?


「『神宮司』の犯行だって推測が立った時点で私に委ねるか――」


 僕は八千代の言葉を回想する。

 と言うことは、殺人現場には『神宮司』に関する遺留品が残されていたということなのだろうか。それによって『神宮司』の犯行だと推測し、八千代に事件解決を依頼した――いや、待てよ。

 待て、待て。

 落ち着いて考えよう。

 そもそも、『神宮司』の犯行だと推測できる遺留品が現場に残されている時点で犯人解明の手がかりになるだろうし、事件解決へと捜査が進捗するはずだろう。それなのに、隅々まで捜査が至らない現状なのに、一体どうして警察機関は八千代に依頼をしたのだ。

 怠慢なのか?

 いや、それとは少し違う気がする。

 怠慢でも杜撰でもない、何らかの意図がそこに秘められている気がする。

 それはつまり、『神宮司』という都市伝説染みた殺人鬼の犯行は捜査が難航することを意味しているということなのだろうか。

 『神宮司』イコール事件未解決?

 いやまさか、現代の警察機関においてそれはないだろう、検挙率を見るに解決できない事件の方が稀有なのだ。


「…………」


 いや、そうじゃないのか。

 そういう考え方は間違いなのか?

 『神宮司』がどうして都市伝説と謳われているのか、それはつまり――彼らが起こした事件が解決に至らないからなのか?

 正しいかどうか定かではないが、強ち、この仮説は間違っていないのかもしれない。

 まぁ。

 八千代がシャワーから出たら訊いてみるべきだろう。

 事件未解決と言えば、僕を襲った殺人未遂――あの事件の捜査過程はどうなっているのだろうか。あれから五日、音沙汰もないが、まさか『神宮司』の犯行の可能性があって捜査が難航しているとか。

 いや、考え込むのはやめよう。

 いずれにせよ、僕には事件が解決されることを待つしかできないのだから。

「さぁさぁ、少年、衛理少年。現場検証と洒落込もう!」

 背後からの八千代の声に反応して振り返る。

 全裸だった。

 真っ裸だった。

 人が生まれた時のままの姿をしていた。

 楽園の果実の味をまだ知らない八千代であった。


「……服を、着ろ!」


 僕は肩を竦めながら、赤面しつつテレビへと視線を移す。


《ほとんど同時に起きた通り魔殺人事件、大学内殺人事件の二つを関連付ける証拠は未だ発見されておりませんが、どうやら警察当局は五日前に近隣で起きた殺人未遂事件と通り魔殺人事件の関連性を調べる方針です――》


 流暢に。

 中継先のアナウンサーが慎ましく穏やかな表情で最新の情報を伝えた。

 僕の内心は穏やかではなかった。

登場人物紹介

南名衛利……僕

八千代真伊……弁護士

神宮司甘奈……殺人鬼

神宮司蓮二……殺人鬼

旗桐林檎……少女

籠目紫……女子高生

志木式栞……看護師

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