籠目 紫の場合
「いよいよ行き詰ってきたって感じ? 捜査がうまく進んでないって感じ? そんな顔してるね、あははっ」
「…………」
「でもさ、それは仕方のないことなんだと思うよ。だってほら、『神宮司』の犯行となると絶対に解決できないんだもん」
「絶対に? どうしてそんなことが言い切れるんだ?」
「これまでに何度も殺人事件を犯してきた『神宮司』が今も尚、どこかで息を潜めているっていうのがその証拠でしょ? それに、現在だってお兄さん、捜査が難航してるんじゃないの?」
「……まぁ、それは――」
「ありゃ、もしかして図星だった? そんな顔してるよ、はははっ」
さらに日付が変わり、六月十四日。
学生ならば授業がある平日のまっ昼間の会話である。もっとも、学生の本分を果たしていない僕が言えたことではないけれど、籠目ちゃんも同様に学校をサボタージュしているらしい。とは言え、殺人事件が連続している中、身の危険性を省みずのうのうと登校するのもどうかとは思う。
今では、テレビやネットを含む各メディアはその話題で持ちきりになっていた。ニュース番組では常に最新の情報を提供し続け、特番まで組まれたり、ネット内の一部で騒がれている『神宮司』による犯行の可能性という話題はもはや噂話や都市伝説に疎い人間まで伝播しつつあった。
まぁ、それもそうか。
連続殺人事件が持つ異常性は誰もが惹かれるものだろう。
否が応にも、魅かれるものだろう。
本来、連続殺人事件は起こらない――と言うのも、殺人事件の大半が恨み辛み妬みによる、言ってしまえば一過性に過ぎない浅薄知慮な動機だ。だから、殺人事件のほとんどは連続しない。動機は様々であるが、それに共通しているのは排他的欲求だろう。だからこそ、殺人行為を主目的に行う連続殺人鬼は数少ない。そんなものが登場するのは推理小説くらいにして欲しいものだけれど、しかし、彼らがこれまでに存在しなかったのかと言えばそうではない。
世界各地を震撼させた連続殺人鬼は確かにいた。そう考えると、連続殺人事件の異常性が、一般的な殺人事件と大した差異がないように思えるかもしれないが、どうかわかって欲しい。
この異常性を。
連続殺人事件の異常性を。
殺害行為そのものを主目におく、連続殺人鬼の異常性を。
もっとも、その正体が『神宮司』なのかどうかはさておき、六月十一日から続く非日常ならぬ異常が同一犯かどうかはともかく、今も尚それが継続しているということに僕だけでなく世間が恐怖していた。
震撼していた。
繁華街を中心に連続する殺人事件のせいか、昼夜時間帯を問わず賑わいを見せるはずのそこは閑散としている。人混みが好きでない僕はそこを通り抜ける際、頻繁に裏路地を利用するのだが、それすらも必要ない。いつもなら人を避けるように逃げ込むけれど、こうなってしまえばむしろ堂々と大通りの中心を歩いていられる。
その道中。
背後からあの時のように、彼女は声をかけてきたのだった。
彼女――籠目 紫である。
「で、籠目ちゃん、急に現れて用は何? いつから僕の後をつけてきたんだい?」
「いやだなぁ、籠目ちゃんはスニーキングなんてしませんよー」
と、あからさまな様子ではぐらかす。
わざとらしい誤魔化し方だった。
「ストーカー容疑で生活安全課の方に動いてもらいたいところだけど、丁度よかったよ。籠目ちゃんに聞きたいことがあったし。まぁ、それは君の方も同じなんだろうけど」
「聞きたいこと?」
僕が何を言わんとしているのかを察しているのか、それともいないのか、表情からは読み取れない。表情と反応が豊か過ぎて、彼女の心中を捉え辛いというか、それこそ偽りなんじゃないかとついつい疑ってしまう。何かを隠しているようにも見えるし、ただ単純に純粋なだけなのかもしれない。
かもしれないけれど、大げさな反応を見るに、どうしてもわざとらしい感が否めない。
「六月十二日の事件、会社ビルの中で二人が死んだ事件、警察に通報したのは籠目ちゃんかい?」
僕は問う。
その質問の返答は意外にもあっさりしたものだった。
「うん、そだよ」
と、当たり前のことを聞かれたように、当然のように答える。
愚問だと言わんばかりに。
「そっか、そうだと思ったよ。けれど、外側からどうやって確認したんだ? 正面からは入ることは不可能だったはずだろ?」
「どうやってって言われても、悲鳴が聞こえただけ、かな」
「悲鳴ねぇ……」
「あの会社の前をたまたま通りかかったのは本当だよ。本当に偶然だったの。それで、偶然にも、女の人の悲鳴を聞いたってわけ」
大人しく落ち着いた口調は以前に会った時の印象を改めさせるものだった。意外にも、常に騒がしいってわけではないらしい。とは言っても、開口一番に言われた言葉を思い出してみれば彼女がどんな人間なのか、本当に判断できない。
どっちつかずというか、どちらでもないというか。
中途半端なようではっきりしているし、はっきりしている割には曖昧な感じだし。最近の女子高生とはこんなものなのだろうか。少なくとも、去年まで高校生をしていた僕の知る範囲ではいない。
不思議な子だよなぁ、なんて。
籠目ちゃんの表情を見つめつつ、そんな感想を心中で述べてみる。
「もしかして、女子高生であるこの籠目ちゃんのことを疑ってる? 疑っちゃってる? 疑ってやがる? そんな顔してる!」
「……いや、疑ってるってわけじゃないけど、どうやって通報までに至ったかを知りたかっただけだよ」
「疑ってるから、その疑念を晴らすために知りたいんでしょ? まぁ、第一発見者を疑うっていうのはお決まりだもんねぇ。推理小説でも、第一発見者を疑う描写は絶対描かれるべきものだもんねぇ」
「推理小説? そんな話してないけど、いきなりどうしたんだよ」
「でもさ、でもさ、推理小説にはよくあることだけど、第一発見者って大抵の場合、犯人じゃないよね。あれって何でなのかな? より現実味を帯びた作品にするなら、やっぱ第一発見者にするべきじゃない?」
「…………」
こちらの反応を無視して続ける籠目ちゃん。どうやら気になったことはすぐにでも解明したくなる性分のようだ。
「推理小説で第一発見者がアリバイを証明できなくて犯行を立証されたらつまらないからだろ。アリバイを証明できない第一発見者が犯人だったというオチより、犯行不可能と思えるほど完全なアリバイのあるやつが犯人だった方が面白いからだよ。そこに描かれるトリックこそが醍醐味じゃないのか?」
「そうなのかなー、醍醐味と言えば、トリックを解く方だと思うけどぉ」
「それに、現実の事件だって第一発見者が犯人だとは簡単に断定できないけどな。そんなに甘くないよ。そのセオリーが通用するのはあくまでフィクションの中だけだ」
ふぅん、と籠目ちゃんは相槌を打った。
「推理小説でよくある、アリバイのあるやつを疑えっていうやつをそのまま現実世界にスライドさせたら誤認逮捕の嵐だろうさ。少なくとも中傷は免れないし、最悪の場合、冤罪だよ」
「無実を証明するためのアリバイ、本来のあり方はそうだもんねー。なら、アリバイのない籠目ちゃんは逆に疑われない存在ってことなのかな?」
「……それはないだろ」
「えー、えー、ぶーぶー」
「いや、けどまぁ……籠目ちゃんは犯人でないと思ってるよ。別に信頼しているってわけじゃないけど、物理的に外部からの犯行は難しいと考えれるから」
「どうして?」
「籠目ちゃんが侵入して彼女を殺害したとしても、その部屋からは脱出できないんだよ。入退出履歴には部屋の内側から開いた形跡はなかったわけだし、何より、犠牲者の彼女のカードは殺害現場に残ったままだったしね。窓も密閉されていたんだから、外部犯の犯行なんて無理だったんだよ」
どうやら籠目ちゃんは僕の言葉をあまり理解できなかったようで、うーん、と唸っていた。
まぁ、それもそうか。
通報こそ籠目ちゃんが行ったことだが、現場がどれほど異常だったのかなんて、それこそ想像だにできないだろう。
しかし、その事件に関しては謎が多すぎる。林檎ちゃんと八千代は推理に大よその目処がたったようだったけれど、果たしてそこにどんな仕掛けがあるのだろうか。
仕掛けと言うか、トリックと言うか。
それこそ、まるで推理小説染みた殺人事件だ。
《密室》のようだが、確かに穴は存在するのだ――それをそう定義するには難しいかもしれないけれど、強ち間違いでもないだろう。
一階正面からの侵入は駄目。
六階窓からの侵入も駄目。
一人を外で殺害してから侵入したとも考えられない。
二人を外で殺害してから侵入したとも同じく考えられない。
円賀井伊春の斬死体はともかく、鳴尾伊吹の殺され方はどう曲がった見方をしたところで他殺以外の他ない。殺された挙句、さらに殺されていた、何十回と死ねるような殺され方だった。首を切断され、両手両足は捻じ曲がり、血溜まりを作って惨死していた。
それが他殺でなく、一体何だと言うのか。
林檎ちゃんは僕なんかを遥かに超越した頭脳を持つけれど、現場を目の当たりにしているかどうかでその推理は大きく違ってくるはずだ。彼女を信用していないとかではなく、そもそも他殺以外の死に方が思い浮かばない。
「こういうことを面と向かって言うのもおかしいけど、籠目ちゃんって犯人だったりする?」
「……ん? 犯人って?」
「だから、あの会社で二人を殺した犯人のこと」
「犯人は『神宮司』じゃないの? だから、お兄さんとかお姉さんとかが追っかけてるんでしょ?」
「まぁ、そうなんだけど……そもそも、『神宮司』がどんな人物かもわからないし、もしかしたら籠目ちゃんがそうなんじゃないかって」
公園で僕を襲った彼(彼女)が神宮司蓮ニではなかった、という前提で僕は言う。
彼がそうでなかったから、こうして事件は続いているわけだし。
そして。
何より。
連続殺人事件の皮切りとも言える僕を襲った――六月八日の殺人未遂事件の犯人が籠目ちゃんではないかという疑いを持って言った。
妹の殺人鬼――神宮司甘奈。
「もー、『神宮司』が女子高生だなんて、そんな幻滅するようなこと言わないでよ。殺されたいっていうのと、殺したいってのは全然違うでしょ」
「今も、殺されたいって思うかい、まだそう思えるかい?」
「思うよ」
籠目ちゃんの即答に僕は溜息混じりの相槌を打った。
「けど、それは死にたいっていうのとまた違う感覚だと思う。別に死にたいわけじゃないんだよ。ただ死にたいのなら自殺でもすればいいわけだし、そうじゃなくて、全然そういうのじゃなくて、『神宮司』に殺されてみたいって思う。うーん……違うなぁ、狙われたい、みたいな」
「狙われたら殺されるんだろう?」
「結局はね。でもそこは区別しておかないと、死に急いでるみたいじゃない」
どっちも同じだ、と僕は心底呆れた。
平凡人である僕が殺人現場に足を突っ込む理由を、僕は未だに自分自身で理解できていない。それは八千代が隣にいるからなのか、或いは単純に興味本位なのか、それとも何か使命感に駆られているのか、もしくはただ流れに身を任せた結果なのかわからない。
推理小説に登場する探偵より、よっぽど性質の悪い存在だと自分で思う。けれど、興味本位や好奇心で一体誰が死と隣り合わせになりたいと思うだろうか。殺人現場に足を踏み入れることはいつ自分が標的にされるかわからないという危険性をすぐ側に置くのと同じだ。社会正義をまっとうするべく、警察機関はその解決と調査に乗り出すが、彼らがもしも警察官でなかったとしたなら、誰も自らの意思で殺人現場に踏み入れようとは思わないに違いない。
背負っているものがあるからこそ、立ち向かえるものもあるだろう。
立場に然り、自論に然り。
それに比べれば、僕は一体何を背負っているというのだろうか。
何をどう思って、一般人である身を省みずに危険な真似をしているというのだろうか。
わからない。
自分でも、本当にわからない。
ただやはり、そこに理由があるとするならば、それは八千代が隣にいるということになるのだと思う。だから、籠目ちゃんのように死を望むというより、死をすぐ隣に置くことに対して僕がとやかく言う筋合いはないのだ。そんなことを言える資格はないのだ。
「ま、いずれにせよ、そう遠くない内に死ぬと思うから」
「ん、それはどういことだ?」
「なんと、『神宮司』が籠目ちゃんの通う高校に来るらしいのです!」
「……えっと、はぁ?」
「噂だよ、噂。たぶんきっと、誰かが流したデマなんだろうけどねー。けどさ、そのデマを『神宮司』が知ったら本当に来てくれるかもしれないじゃない!」
「まさか都市伝説のような『神宮司』がそんな小規模の噂如きで釣れるとは思えないけど」
「川でマグロ一本釣り! みたいな感じだよね」
「いや、それは全然わからない……」
とにかく、と籠目ちゃんはわざとらしい咳払いをして。
「もし、籠目ちゃんが殺されたら、きっと『神宮司』に関するすごいヒントを残して死んであげるから期待しててね」
「君は『神宮司』を逮捕するために身を挺するっていうのか。いや、ものは言いようだな。良く聞こえるように言っただけか」
「違う違う! 確かに『神宮司』には憧れみたいな感情を持ってるけど、あり方が正しいとは思ってないの……やっぱり、人を殺すのはよくないよ」
意外だった。
籠目ちゃんは常識を知っていた。常識というか、人として最低限必要不可欠な倫理というか。
「じゃぁ、その時は期待しておくよ」
その言葉と同時に、籠目ちゃんは大手を振って脇道に反れて行った。
これが彼女との最後の会話になるとは露ほど知らず。
・登場人物紹介
南名衛利……僕
八千代真伊……弁護士
神宮司甘奈……殺人鬼
神宮司蓮二……殺人鬼
旗桐林檎……少女
籠目紫……女子高生
雪間麻由紀……公安
三間弦義……警部
志木式栞……看護師
・六月八日被害者……南名衛利
・六月十一日犠牲者……樋野瞳 籾月慶志
・六月十二日犠牲者……円賀井伊春 鳴尾伊吹、守名三上 津乃大城 大道浩史




