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雨の城の女王  作者: 乾 隆文
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第四話  雨の城の探検 ②



               †




 しばらく歩きまわりましたが、リィはまだアオを見つけることができませんでした。アオだけではありません。雨の女王も、女王に従うという雨の使いも、どこにもいませんでした。どの部屋に行っても、あるのはカビと雨のシミだけ。そしてリィにつきまとって離れない、雨の音ばかりでした。


「これだけ歩きまわったのに、アオは見つからないなんて……」


 つぶやきながら、リィはついに床にすわりこんでしまいました。あちこち動きまわって、もうへとへとでした。それに、少しずつまた体が冷えてきて、このままだと女王に捕われてしまうような気もしたのです。リィはここで少し休んで、おなかをふくらませてからもういちどアオを探そうと思いました。


 ところがです。ポシェットから魔法のパンを取り出してみると、パンはカビにまみれていて、とても食べられるものじゃなくなってしまっていました。


「ほんの少し歩いただけなのに、もうこんなになっちゃうなんて」


「きっと、おじいさんの魔法が女王の魔法に負けてしまったんです。このお城は女王の魔法に包まれていますから。魔法のパンが、いつのまにかただのパンになってしまっていたのでしょう」


 フクロウが説明してくれました。リィはぞっとしました。女王の魔法がそんなに強いのかと改めて感じて、恐ろしくなりました。それで、リィはもう休むのをやめて、またアオを探すために歩きはじめました。


 少しずつ心が冷えはじめていることに、リィはまだ気付いてはいませんでした。



               †



「どうやらこの建物には、アオさんはいないみたいですね」


 あちこち歩きまわって、ついにフクロウが結論付けました。


「きっとアオさんは他の建物にいらっしゃるのでしょう。ほら、向こうに中庭に続く出口がありますよ。行ってみましょう」


 フクロウに言われて、リィもうなずきました。そして真っ直ぐに出口へ向かい、中庭に出ました。 


 中庭は、緑色の芝生におおわれていて、もちろん一面雨に叩かれていました。四方を城壁に囲まれていましたので少しばかりせまいようにも見えました。リィの出た出口からは、まっすぐに芝の生えていない道が伸びていて、その両脇にはおおきなケヤキの木がおぎょうぎよく整列していました。そして庭の真ん中あたりで、道は十字に交わっていました。


「正面の建物に向かいましょう」


 フクロウは言いました。


「正面の建物の奥に、おおきな塔が建っているのが見えます。ひょっとしてアオさんは、あそこにいるんじゃないでしょうか」


 なるほど、そうかもしれない。そう考えて、リィはフクロウにうなずいてみせました。そしてリィは、雨をよけるためにケヤキの並木の下にかくれながら、中庭をわたっていきました。


 そうして、庭の半分まで来たときでした。とつぜんガタンというおおきな音がして、正面の建物の扉が開きました。そしてその中から、小さな人の形をしたものが、クラゲのようにひらひらした水色のドレスをまといながら、ふわふわと、いくつもいくつも飛び出してきました。


「いけません! あれは女王に従う雨の使いの軍勢です!」


 フクロウが、とたんにばたばたと羽を広げながら叫びました。


「早く逃げないと、すぐに捕えられてしまいます!」


 リィはあわてて、右に伸びていた道に向きを変え、走り出しました。冷たい雨がリィの体に襲いかかってきます。今にもくじけそうになりながら、それでも決して雨の軍勢に捕われまいと、リィは必死に走りました。


 そして、あともう少しで捕まりそうになったところで、リィはどうにか扉の中に飛び込むことができました。急いで扉を閉めてしまうと、その扉の外に強い雨がふりつける音が聞こえました。


「指輪に願ってください、雨の軍勢を追い払ってください、と!」


 フクロウがおおきな声で叫びました。


 リィは急いでポシェットの中に手をつっこんで、取り出した指輪にそうお願いしました。すると、とたんに指輪が光りだして、魔法の力が働き始めました。光がおさまると、もう扉にうちつける雨の音はしなくなっていました。


 どうやら雨の軍勢は、指輪の力に負けていなくなってしまったようでした。リィはようやく安心して、ぺたんと床に腰を落としました。


「いやはや、どうなることかと思いましたが、指輪のおかげでどうにか助かりましたね」


 フクロウがそう言って、リィの肩の上にまたおりてきました。リィも全くフクロウに同感でした。リィは、指輪とそれをくれたおじいさんとに、心の中で感謝しました。



               †



 しばらくしてから、リィは改めて辺りを見回しました。最初に入った建物と違って、こんどの建物には明かりがまるでありませんでした。少し落ちつくと、こんどは暗いのと服が雨に濡れてしまったのとで、リィはまた寒さを思い出してしまいました。


 リィは自分の体を抱きしめて、凍えるもんか、雨に捕われるもんか、と必死に自分に言い聞かせました。


「少し、中へ進んでみましょう。ここにひょっとして、アオさんがいらっしゃるかもしれません」


 フクロウがリィの耳もとで羽ばたきの音を聞かせてくれました。それでリィにはまた少しだけ、元気が戻ってきました。


 リィはまた立ち上がって、今度の建物の中を歩いてみることにしました。建物の中はとても暗かったのですが、フクロウが道を教えてくれたので、リィはどうやら先に進むことができました。


「その先に、下におりる階段があります。気をつけてください」


 フクロウが言いました。リィは手さぐりで手すりを探し、それからすり足で階段の段差を見つけました。一段一段、ゆっくりと階段をおりていきます。すると、どうやら階段の下のほうが、ぼんやりと明るくなっていることに気がつきました。


「明かりがついているのかしら」


 リィはうれしくなって、おりる足を少し速めました。けれど階段の下までおりたところで、リィは悲鳴を上げてしまいました。


 そこは牢屋だったのです。鉄格子の壁と戸がいくつも並んでいて、そのほとんど全てに鍵がかかっていました。


 その中には、ふしぎな光が閉じ込められていました。


 赤や青や、緑や白や。たったひとつのものがいくつもの色にうすぼんやりと輝いていました。それはすべて、牢屋の中に閉じ込められているちいさな宝石たちから発せられていました。


「……これは、いったいなんなの……?」


 リィは体をこわばらせながらつぶやきました。けれど、いいえ。本当はリィにはわかっていたのです。そのさまざまな色に光る冷たい宝石たちの正体を。だって宝石たちは、リィがみつめているだけで、こんなにリィの心に嘆きかけ、こんなにリィの心を凍えさせるのですから。


「……これは、女王に捕われた人たちです」


 フクロウが怖い顔をしてつぶやきました。


 ああ、やっぱり、とリィはその場にうずくまってしまいました。


「女王の雨は、人の体をけずってそぎ落としながら、人の心を凍らせてしまいます。ここにつながれているのは、そうして作られた人の心の石です。女王は人の心でできた宝石を集めて、喜んでいるのです」


 リィはフクロウの話を、もうずいぶんとぼんやりしながら聞いていました。フクロウの声が、なんだかひどく遠くから聞こえてくるような気がしていました。リィはもう、女王の雨と、牢屋の中の宝石たちにすっかり心を凍らされてしまっていたのです。リィの体は大分とぬれていましたし、リィの心は宝石たちに怯えていました。そして何より、ひょっとしてアオがもう宝石にされてしまったのではないかと思うと、リィは温かい心を持ち続けられなかったのです。


 リィは床にうずくまったまま、もう顔を上げることができなくなってしまいました。


「お嬢さん? どうしたのです、お嬢さん? こんなところははやく抜け出して、アオさんを探しに行きましょう。ねぇ、お嬢さん?」


 フクロウがリィの顔をのぞきこんで、はげましの声をかけてくれました。けれど、やはりリィはもう一歩も歩けません。それどころか、もうフクロウの声などまるで聞こえなくなってしまっていたのです。


「ああ、私、このまま雨に捕われてしまうんだ……」


 ぼんやりと、リィはそう思いました。





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