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雨の城の女王  作者: 乾 隆文
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第三話  山賊の娘に捕まったこと ②



               †




 山賊の娘につれられて、リィは森の中の古いお屋敷にやってきました。そこはずっと昔にお金持ちが住んでいたようなりっぱなお屋敷でしたが、古くなってあちこち壊れてしまっていて、今は山賊たちが隠れ家にしていました。


 リィが山賊の娘のあとについてお屋敷の中を歩いていくと、途中ですれ違う男の人たちが、あれこれとけたたましく笑ってよこしました。ひょっとして彼らに食べられてしまうのではないかと、リィは怖くてたまりませんでした。


 やがてリィは、お屋敷の奥の小さな部屋につれてこられました。


「ほら、ここで待っているんだ。逃げようなんて思うんじゃないよ。もしも逃げたりしたら、あたしはあんたをどこまでも追いかけて、必ず殺してやるからね」


 そういって、山賊の娘はリィに黒いナイフを向けました。リィは怖くて怖くてぶるぶるふるえながら「決して逃げません」と約束しました。山賊の娘は満足そうにうなずいて、部屋を出ていきました。


 ひとり残されて、リィはこれからどうしたらよいのかを考え始めました。ここから逃げ出そうにも指輪やパンやナイフは奪われてしまいました。それに、もしも逃げ出したとしたら、きっと山賊たちはリィのことを追いかけて殺してしまうでしょう。


「いったいどうしたらいいのかしら」


 リィは途方にくれてしまいました。


 そのとき、部屋の窓をこんこんとたたくものがありました。最初は、リィはまさか他の山賊がやってきたのではないかと怯えていました。けれどその音の正体がフクロウだとわかると、今度はいそいで窓を開けて、フクロウを部屋の中に招き入れました。


「いやはや、参りました。あなたを探してあちこちの部屋をのぞいていたのですが、もう少しで捕まって、鍋に入れられてしまうところでしたよ。山賊という連中は、なんて野蛮で乱暴なんでしょう」


「ああ、フクロウさん。私を追ってきてくれたのね。私、ひとりでずいぶんと心細い思いをしていたの」


 リィは、フクロウのことをぎゅっと抱きしめました。フクロウは、なんだか照れくさそうに顔を赤くしていました。その様子があんまりかわいらしかったものですから、リィはついさっきまで恐ろしさにふるえていたのも忘れてころころと笑い転げてしまいました。


「そんなことより、さぁお嬢さん。早くこんなところから逃げましょう」


 フクロウがちょこんと窓枠の上に立って、その両方のりっぱな羽を思い切り広げながら、リィに言いました。リィは、そこでまた怖いのを思い出してしまいました。


「それはできないわ。さっきの山賊の人が、もし私が逃げたら必ず追いかけて殺してやるって、言ってたの」


「それでは仕方ありません。夜が更けて、山賊たちが眠ってしまうのを待ちましょう。それからなら、山賊たちがもう追いつかないところまで逃げることができるでしょう」


「ああ、それはいい考えだわ。

 けれど、実は私、あの山賊の人に指輪もパンもナイフも奪われてしまったの。だから、どうにかして取り戻さないと、雨の女王のお城に向かうことはできないわ」


 そこでフクロウも困った顔をしました。指輪もパンもナイフも無いのでは、きっと女王からアオを取り戻すことなどできません。


「私、あの人に話をしてみます。本当のことを話したら、わかってくれるかもしれません」

 リィは言いました。フクロウは少し心配そうな顔をして、いちどは「それはとても危険ですよ」と言いました。けれど最後にはうなずいて、リィを応援してくれるのでした。


「では、私は窓の外であなたのことを見守ることにします。けれど、何かあったらすぐに私を呼んでくださいね」


 そう言って、ふくろうは窓の外に出て行きました。リィはフクロウにありがとうとお礼を言って、窓を閉めました。けれど、鍵までを閉めるのはやめておくことにしました。


 それから少しすると、山賊の娘が戻ってきました。娘は部屋の中に、ハトの肉を焼いたものとパンと持ってきて、机のうえに乱暴におきました。そして、リィを机の前にすわらせてくれました。


「ほら、腹減ってるだろう。遠慮なく食べな」


 リィは最初、少し不安な顔をしていました。けれどすぐにそのおいしそうな匂いに負けて、パンを手に取りました。山賊の娘はなんだかうれしそうにそれを見ながら、やがて自分でもハトの肉にかじりついていました。


 おなかがくちくなった頃、山賊の娘はリィにたずねました。


「あんたはいったい、こんな森の中で、何をしていたんだい?」


 リィは、これまでのことをみんな話しました。いっしょうけんめい話をすれば、きっとわかってもらえる、と思いました。山賊の娘はじっくりとリィの話を聞いていてくれました。そしてリィの話が終わると、うんうんとなんどもうなずいてくれました。


「それで、あんたは女王の城に行こうっていうのかい?」


 たずねられて、リィは強くうなずきました。そして、ぜったいにアオを取り戻すのだと言って、山賊を強くにらみつけました。


 山賊の娘はまたひとつふたつうなずいて見せたあと、声を低くしてリィをおびやかすようにして言いました。


「あんたによく注意しておくけど、森の奥には女王の手下がたくさんいるんだ。女王の城に行くなんて、やたらに口に出しちゃいけないよ」


 リィはびっくりしました。女王に手下がいるなんて、考えもしていなかったのです。


「女王は自分の城を守るために、城の近くに住んでいる山賊や盗賊に命令を出して、城に近づくものを捕まえさせているのさ」


 山賊の娘は、そう話してくれました。リィはぞくりと体をふるわせました。ひょっとして目の前の山賊も女王の手下なのではないかと、思い至ったのです。だからリィは怖くなって、「あなたも女王の手下なの?」と聞いてみることにしました。


「ああ。あたしたちも、女王の命令で働いているのさ」


 山賊の娘は答えました。そしてすぐに笑顔を見せて、こう言ってくれました。


「けどね。あたしはあんたのことを女王には教えないよ。みんなには内緒だけど、あたしは女王が大嫌いなのさ。それに、あんたのことが気に入ったよ。男の子を連れ戻すためにあの女王の城に行こうだなんて、なまなかな勇気じゃできないことさ」


「……それじゃ、私のことを自由にしてくれますか?」


「ああ、もちろん自由にしてやるよ。いやいやそれよりも、明日になったら女王の城まで送っていってやろう。城のまわりにはいつも冷たい雨がふっていて、あんたみたいなちっちゃいお嬢ちゃんは、すぐに凍えて動けなくなっちまう。けれど、あたしたちは雨の中も凍えずに進める道を、ちゃんと知っているからね」


 リィはそれを聞くと、飛び上がって喜びました。山賊の娘にわかってもらえたことが、うれしくて仕方ありませんでした。


 リィはとたんに笑顔に変わって、それから山賊の娘にもうひとつお願いをしました。


「雨の女王からアオを取り戻すには、魔法使いのおじいさんにもらった魔法の指輪と、魔法のパンと、それから家から持ってきたナイフが、きっと必要になると思うんです。どうか優しい山賊さん、私の落としたポシェットを、私に返してはもらえませんか?」


「ああ、そうだったね。忘れるところだったよ」


 山賊の娘は立ち上がって、棚の上に置いてあったリィのピンク色のポシェットを取ってきてくれました。そしてひとつひとつ中身を確かめながら、リィに返してくれました。


 最初に、山賊の娘は魔法の指輪を、リィに返してくれました。


「何でも願いがかなう魔法の指輪なんて、あたしだってほしいさ。でもこれを使っても女王を倒せないのなら、あたしの願いはかなわないからね。これはあんたに返した方がいい」


 リィは、「ありがとう」とお礼を言いながら、指輪を受け取りました。


 次に、山賊の娘は魔法のパンを、リィに返してくれました。


「ひとくちでおなかがふくれるパンなんて、確かに価値のあるものだね。でもパンばっかりで肉や魚が食べられなくなるなんてつまらないからね。これもあんたに返した方がいい」


 リィは、また「ありがとう」とお礼を言いながら、パンを受け取りました。


 最後になって、次はナイフの番でした。ところが山賊の娘は、ナイフをリィに返してはくれませんでした。


「このナイフは、本当に綺麗な装飾がほどこされているよ。ずいぶんと高価なものだね。あたしはひと目でこのナイフが気に入ったよ。だからこれは、あたしがもらっておくさ」


 リィは困ってしまいました。ナイフがなければ、きっと雨の女王の軍勢と戦うことができません。


「どうか、やさしい山賊さん。お願いです、ナイフを返してください。そのナイフは、私のたった一つの武器なんです」


「いいや、返さないよ。あたしは盗賊だから、気に入ったものは自分のものにしなきゃ気がすまないのさ」


 山賊の娘は、リィの願いを軽く首をふって断りました。それから、娘は自分の服のポケットに手を伸ばして、柄の黒い、リィのものより一回りおおきなナイフを取り出しました。


「けれど、心配することはないさ。あたしは新しいナイフを手に入れたから、今まで使っていたナイフがいらなくなっちまった。あんたには代わりに、このナイフをやるよ」


 そう言って、山賊の娘は手に持った黒いナイフをリィに渡してくれました。そのナイフはリィのものと比べると、飾りがなくてなんだかさみしい見た目をしていました。けれどリィのナイフよりもずっと持ちやすくて、にぎったときに力が入りました。それに刃がとても鋭くて、ほんの少しさわってみただけでリィの指に切り傷ができてしまいました。


「おっと、刃にさわっちゃいけないよ。そのナイフはどんなものだって切れちまうくらいに切れ味がいいんだ。女王の雨から身を守るためには、このナイフじゃなきゃダメさ」


 山賊の娘はそう言って胸を張りました。


 リィは感激しました。リィの持ってきたナイフはとても高価なものでしたが、ナイフとしてはあまり切れ味のよいものではなかったのです。


「ありがとう、やさしい山賊さん。私きっと、このナイフを大切に使いますね」


 リィは、もういちど改まってお礼を言いました。そして、指輪とパンと、山賊のナイフを、大切にポシェットの中にしまったのでした。






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