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雨の城の女王  作者: 乾 隆文
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第二話  魔法使いのおじいさんの家で ②



               †



 川から少し離れた、森のさらに奥のほう。フクロウに案内されてやってきたのは、小さな丸太小屋でした。


 さっそくリィは扉にかけよって、おおきくノックをしました。


「こんばんは」


 そうすると、すぐに扉が開かれて、白いおひげのおじいさんが顔を見せてくれました。


「おや、こんな時分にだれかと思ったら、あんたは?」


「フクロウさんに案内されて、ここまで来ました。私、アオを探してここまで来たんです。魔法使いのおじいさん、アオを知りませんか?」


 リィは、自分よりも少し背の高いおじいさんの顔を見上げて、元気よくたずねました。おじいさんはきょとんと目を丸くして、それからふむとあごに手を添えて考え込んでいました、それからやさしくほほえんで、リィにこう、話しかけてくれました。


「どんな事情かはよくわからないがね、お嬢さん。まぁとりあえず中に入って落ちつきなさい。夜中の森に、女の子が一人でいるなんて、まったくもってよくないことだからね」


 そしておじいさんは、リィを小屋の中に招き入れてくれました。もちろん、フクロウもいっしょにです。フクロウは、リィの肩に乗ってここまでやってきましたが、小屋に入ると一足早く、机の上に飛びうつって羽を休めていました。


「それでお嬢さん。アオ、というのはいったいなんだね?」


 ゆったりと、おおきな椅子に腰を下ろしながら、あらためておじいさんがリィにたずねました。


「アオは、私のいちばんなかよしの男の子なんです。私たちはいつも、どこに行くにもいっしょだったんです。それが、この前の雨の中、とつぜんアオはいなくなってしまったんです。私、アオを探して森へやってきました。けれど、アオはまだ見つからないんです。

 おじいさん、おじいさんはアオを知りませんか?」


 おじいさんはリィの目を真剣に見つめながら、リィの話をしっかりと聞いてくれていました。そしてゆっくりと、そのみごとなひげをなでながら、こう答えました。


「なるほど、なるほど。お前さんの話はよくわかった。だが、ここにアオという男の子は来やしなかったよ。わしはずっとこの家に住んでおるから言うことができるんだがね。

 ああ、そうがっかりするでない。わしは魔法使いなんだよ。たしかにその子はここには来なかったが、どれ、わしの魔法でそのアオとやらがいったいどこに行ってしまったのかを見てあげようじゃないか」


「本当? 本当にアオの居場所がわかるんですか?」


「ああ、もちろんだ。わしの魔法にかかれば、たとえその子が世界のはてにいようとも、見つけ出すことができるよ」


 おじいさんは立ち上がって、棚の上にのせてあったおおきな水晶玉を机の上に持ち出してきました。そしてごにょごにょと、リィにはよくわからない言葉で呪文を唱えました


 リィは期待に胸をふくらませながら、じっとおじいさんの様子をみつめていました。けれど、リィはぜったいに声を出したりはしませんでした。リィがよけいなことを言って、もしおじいさんの魔法のじゃまになってしまったらたいへんだと思ったのです。


 おじいさんは呪文を読みおわったあとも、しばらくじっと水晶玉をのぞき込んでいました。なんだか少しむずかしい顔をして、ときどき「ふぅむ」なんてうなったりもしていました。リィはだんだんと不安になってきました。けれどもけっして、リィの方からおじいさんに声をかけることはしませんでした。


 ずいぶん時間がたって、ようやくおじいさんは水晶玉から顔をあげました。そしておおきく、ふぅとためいきをつきました。


 ついにがまんができなくなって、リィはおじいさんに聞いてみることにしました。


「ねぇ、おじいさん。なにかわかりましたか? アオはどこにいますか?」


 おじいさんは、すぐには答えてくれませんでした。すこし申しわけなさそうに、しばらくの間うつむき加減で、リィのことを見つめるばかりでした。それからおじいさんは、やがて覚悟をきめたように怖い顔になって、その口を開きました。


「お前さんのなかよしのアオとやらは、どうやら私の力の及ばないところにおるようだ。


 いや、いやいや肩を落とすでない。どこにいたのかはちゃんと見えたのだ。ただその、そこはお前さんが会いにいけない場所、だったのだが」


「それはどこなんですか?」


 リィは身を乗りだしてたずねました。


「……この森の、ここよりさらに奥に、古びた城がある。その城はいつも黒雲と雨に覆われていて、その城の中には雨の女王と呼ばれる魔女が住んでおるのだ。アオとやらはその城におる。女王のもとに、捕われてしまっている」


 おじいさんは声をふるわせながら答えます。横で聞いていたフクロウもびくびくと羽をふるわせました。けれど、リィはふるえたりはしませんでした。


「その、お城へ行く道を教えてもらえませんか」


 リィはおじいさんにたずねました。するとおじいさんは、目を丸くしていやいやと首をふって答えました。


「まさかお前さん、女王の城に行くつもりかね。それはやめたほうがいい。雨の女王は、雨を仕う魔女だ。城に入ろうとするものは、みな女王の雨に打たれて心を奪われてしまう。お前さんのような女の子が、無事に帰ってこられるはずがない」


「けれど、アオはそこにいるのでしょう? それなら私は、女王のところに行かないといけません」


 リィはおじいさんに、力強く答えました。


 もちろんリィだって女王のことが怖いです。怖くないわけがありません。けれど、リィにとってはこのままアオを見つけられないで終わってしまうことのほうが、もっと怖いのです。アオと離れ離れになってしまうなんて、考えただけでもつらくてたまりません。


 だから、リィはまっすぐおじいさんの目を見つめました。そしてどうか女王の城への行き方を教えてくださいと、何度も何度もお願いしました。それでついにおじいさんも、ほかに仕方がなくなって、とうとうお城のある場所を教えてくれたのでした。


「ここからさらに南へ向かうと、やがて雨が降り始める。その雨は女王の城を守っているものだ。それはとても冷たく、するどく肌を刺して傷つけようとするのだが、女王の城に行きたいのならその雨の中を進んでいかなければならないよ。雨の中を、さらに先へと進めば、やがて城の門の前に出るからね」


「わかりました。教えてくれてありがとう、おじいさん」


 リィは、その小さい頭をおじいさんにぺこりと下げてお礼を言いました。おじいさんはそれを受け取って、それからようやくまたやわらかい笑顔を見せてくれました。


「どちらにするにせよ、今日はもう遅い。ゆっくり休んで、あしたの朝までよくよく考えてみなさい」


 おじいさんはそういって、食事の準備に取りかかりました。そのときになってようやくリィは、ひどくおなかがすいていたことと、ひどく疲れてよく眠りたいと思っていたことを、思い出しました。



               †



 次の日の朝早く、リィはおじいさんの家を出発することにしました。おじいさんは最後までリィのことを心配してくれましたが、どれだけ心配してもリィの気持ちが変わることがないとわかると、今度はリィのためにいろいろなものを準備してくれました。


 最初に、おじいさんはちいさな銀の指輪をひとつ、リィに渡してくれました。


「この指輪は魔法の指輪だよ。わしの魔法が封じ込めてあって、お前さんのねがいごとを三つまで叶えてくれる。ああ、でも、気をつけなければいけないよ。女王はわしよりも強い魔法を使えるからね。この指輪の力でも、女王を打ち負かすことはできないよ」


 リィは、おじいさんの話をよく聞いて心に留めながら、指輪をしっかりと受け取りました。そして、「ありがとう、おじいさん」とお礼を言いました。


 次に、おじいさんはちいさな丸いパンをひとつ、リィに渡してくれました。


「このパンは魔法のパンだよ。わしの魔法をかけてあって、ひとくち食べればそれだけで、どんなにおなかがすいていてもたちまち元気になる。ああ、でも、気をつけなければいけないよ。一度に食べすぎてしまうとおなかがふくれて動けなくなってしまうからね」


 リィは、またおじいさんの話をよく聞いて心に留めながら、パンをしっかりと受け取りました。そして、「ありがとう、おじいさん」とお礼を言いました。


 最後に、おじいさんは昨夜のしゃべるフクロウを、リィの肩に止まらせてくれました。


「このふくろうをお前さんについていかせよう。こいつはこう見えて、なかなか頭がいいからね。お前さんが道に迷ったときには道案内をするだろうし、お前さんが知らないものに出会ったときにはそれが何かを教えてくれるだろう」


 リィは、おじいさんの話を聞きながら、肩に止まったフクロウのことを横目で見つめました。そして、「よろしくね、フクロウさん」とフクロウにあいさつをしました。フクロウはてれくさそうに首をくるくる回しながら、「こちらこそよろしくお願いします、勇敢なお嬢さん」とていねいなあいさつを返してくれました。


 それからリィは指輪とパンを肩に下げたポシェットにしまいました。これで、ようやく雨の城に行く準備ができました。リィはもういちどおじいさんに深く頭をさげて、あらためてお礼を言いました。


「なにからなにまで本当にありがとう、おじいさん。私きっと、雨のお城でアオを見つけて、いっしょに帰ってきます。そしてもしうまく帰ってこられたら、そのときには貸してもらったものをみんなそっくりお返ししますね」


 おじいさんは心配そうにリィのことを見つめてくれていました。けれど、最後にはにっこりと笑って、「そのときを待っているよ」といってくれました。


 リィはおじいさんにお別れのあいさつをしました。それから南に向かって、元気よく出発しました。





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