第二話 魔法使いのおじいさんの家で ①
雨が降りはじめてから、十六日目の朝でした。
久しぶりに雨がやんで、空にはお日さまがのぼりました。町は水びたしになっていましたが、町の人たちはみんな、晴れた空に清々しさを感じていました。
けれども、リィだけは少しも晴れやかな気分になれませんでした。
リィはアオのことを、町中の人に聞いて回りました。けれど、町のだれも、アオがどこに行ったかを知りはしませんでした。リィのお父さんもお仕事を中断して、あちこちを回ってアオを探しました。けれど、町のすみずみまでを探しても、アオの姿は見つからないのでした。
リィは泣きました。泣いて泣いて泣きつづけました。どれだけ泣いても涙はかれませんでした。リィは七日と七晩泣きつづけました。そして、八日目の朝にようやく泣くのをやめました。
リィはアオのことを探しにいこうと決心しました。おきにいりのピンク色のポシェットに、持ち手にきれいな石のかけらがついた、リィが大切にしているナイフを、むぞうさに詰めこみました。それからおなかがすいたときのために、パンも少し、持っていくことにしました。そしてその日の夜、お父さんが眠ってしまってから、リィはこっそりと起きだして、家を出ていきました。「アオを見つけるまでは、ぜったいに帰らない」固く、そう決心をしながら。
†
きれいな朝日がのぼる中、リィはまず、南の森へ向かうことにしました。そこはリィが四歳のころに、お父さんとピクニックにきた森でした。そうです、リィはここで、初めてアオと会ったのです。
「アオは『帰る』って言ってたんだもの。きっとアオは、この森にいるんだわ」
リィはそう考えたのでした。
森の中は、とてもしずかでした。まもなくリィは、アオと出会った川のほとりにたどりつきました。けれど、アオの姿はどこにもありません。足跡ひとつ、残ってはいませんでした。
「アオは、ここに来たんじゃないのかしら」
リィは困ってしまいました。町の外で、他にアオが行きそうなところなど、リィには思い当たりません。
「……もう少し、森の奥に行ってみよう。ひょっとしたら、森のもっと深いところに、アオの生まれた家があるのかもしれない」
そう考えてリィはまず、川にそって歩いてみることにしました。
途中で、野ウサギの子どもに出会いました。リィはその子にたずねてみました。
「ねぇ、野ウサギさん。アオを知らない?」
野ウサギの子は、リィには答えてくれずに、すぐに家に帰ってしまいました。
お日さまが空の真ん中までのぼったころ、リィはひときわおおきい樫の木の根元で、パンを食べながらひとやすみしました。そうしていると、一羽のカワセミがそばに近づいてきました。リィは彼女に、パンを分けてあげながら、たずねてみました。
「ねぇ、カワセミさん。アオを知らない?」
カワセミは、リィには答えてくれずに、おいしそうにパンをついばんでばかりでした。
リィは、また川にそって歩きだしました。
途中で、おおきなヤマネコに出会いました。リィは彼に並んで歩きながら、たずねてみました。
「ねぇ、ヤマネコさん。アオを知らない?」
ヤマネコは、リィには答えてくれずに、だまってリィの横を歩いてばかりでした。
ついに日がくれてしまいました。森の中はたくさんの木がそれぞれに枝を広げていて、お月様のかぼそい光はリィのところに届きません。あたりがまっくらになってしまって、とうとうリィはその場にすわりこんでしまいました。
「もう、一日中歩いてこんなに森の奥に来ちゃった。けど、アオはまだ見つからない。もうつかれてしまって一歩も歩けない」
リィはだんだんと泣きたくなってきて、それを我慢するのにいっしょうけんめいになりました。けれどもすぐに我慢ができなくなって、声を押し殺しながら泣きはじめてしまいました。あたりは暗くて、足はつかれていて、おまけにアオも見つからないのです。リィはつらくてさみしくて、たまらなく感じていました。
どれくらいの間泣いていたのでしょう。しばらくするとリィの耳に、どこからか声が届いてきました。
「おやおや、こんなところで泣いているのはだれかと思ったら、かわいらしいお嬢さんじゃないですか。こんな時間にこんな場所で、いったいどうしたっていうんですか」
リィは泣くのをやめて顔を上げました。あたりをきょろきょろと見回しましたが、もちろん暗くてなにも見えません。
「私に話しかけてくれているのは、いったいだれなの?」
リィは声を出して聞いてみました。するとリィの前でバサバサと、鳥のはばたきの音が聞こえてきました。よくよく目をこらしてみると、リィのすぐ前の地面に一羽のフクロウが下りてきたのが、どうにか見えました。
「いやはや、失礼をいたしました。私はこれこのとおり、夜の闇の中でもかわいらしいお嬢さんの姿を見ることができるフクロウです」
「えぇ? フクロウさん!」
リィは、目の前でていねいにおじぎをしてくれているフクロウの姿に、目を白黒させて驚きました。だってフクロウが言葉をしゃべるなんて、とても信じられることじゃありませんでしたから。
けれども驚いてばかりもいられません。リィはさっそく涙をぬぐって、フクロウにたずねてみました。
「ねぇフクロウさん、私アオを探しているの。でもアオは見つからなくて、疲れはててしまって、これ以上歩くことができなくなってしまったの。
ねぇフクロウさん、アオを知らない?」
フクロウは、くるくると首を横にふって、こう答えました。
「さてさて。私もたいがい長生きをしたつもりですけれど、アオというものはとんと聞いたことがございません。ましてやそれらしきものを目にかけることも、ありませんでしたなぁ」
リィはがっかりと肩を落として、「そう」とだけ答えました。
ところが、そんなリィにあわてて羽を広げて、フクロウはこう言い足してくれました。
「あ、いやいや。お待ちなさい。もしかして私の知り合いなら、そのアオのことを知っているかもしれません。だからそう、がっかりするのはおやめなさい」
「……本当に? 本当にあなたのおともだちは、アオのことを知っているの?」
「そうですね、ぜったいにとは申しませんが、もしかしたら知っているかもしれません。と言いますのは、実は私の知り合いというのは魔法使いのことなのです。私が言葉を話すのも、この知り合いの魔法のおかげなのです。
そういったわけで、この知り合いならば私以上に見聞が豊かですから、もしかしてアオのことを知っているかもしれないと思うわけなのです」
フクロウは二度三度、誇らしそうに羽をおおきく広げてみせながら、そう説明してくれました。
リィは喜んで、さっそくその人のところへ案内してくれるよう、フクロウに頼みました。フクロウは「もちろんそうしましょう」とやさしくうなずいてくれたのでした。