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雨の城の女王  作者: 乾 隆文
2/11

第一話  町に雨が降り続いたこと


 それは、アオがリィの家に来てから、9年目の夏のことでした。

 

 その夏はいつもと違って、お日さまがちっとも空に顔を見せてくれませんでした。かわりに空は、毎日毎日真っ黒い雲に覆われています。そして、重い冷たい雨が、少しも休まずに降り続けるのでした。


 町の人は、誰もかれも大弱りでした。子供たちは外で遊べませんし、大人たちもあまり外に出られなくなってしまいます。商人たちはお客さんが減ってしまいましたし、農夫たちも畑が水びたしになって肩を落としています。なによりも、こう何日も雨が降りつづくと、いつ川が氾濫をおこして町が流されてしまうかもしれません。町のなかを流れる川はまだあふれてはいませんが、もう橋のすぐ下にまで水の量が増えているのです。


 そんなわけで、町の人たちはこのところ、いつも不安を心の中に押し隠しながら毎日を過ごしているのでした。


 もちろんリィも、家の中に閉じこもって窓の外をながめながら、「これ以上雨が降ったらひょっとして家の床にも水が流れこんでくるかもしれない」と心配していました。ただ、リィはそばにいるアオには不安な顔を見せないようにしよう、と決めていました。(リィは、自分のほうがお姉さんだから、自分がアオの面倒を見てあげなければいけないのだ、と思っていたのです)それで、アオがリィのことを呼ぶと、リィはすぐに明るい顔を見せるようにしているのです。そして、こう言ってアオを励ましてあげるのでした。


「このくらいの雨、たいしたことないわ。それにもし川の水があふれても、うちには二階があるんだもの。階段の上までは、水も届きっこないわ」って。


 ところで、アオのほうは実は、雨のことをあまり怖がってはいませんでした。今降っている雨よりも、その雨を降らせているものの方が、アオにはずっと怖く感じられていました。アオは知っていました。どうして町に、こんなにも雨が降りつづいているのかを。だから、町の人が不安な顔をしていたり、雨に困っていたりするのを見るのが、とても辛いのでした。とくに、自分も怖がっていながら、アオのためにと平気な顔をしてみせるリィのことが、かわいそうでなりません。


 雨が降りつづいてもう十四日目の夜、アオはひとつ、おおきな決心をしました。



               †



 雨が降って15日目の朝です。


 リィは今日も、雨のことを心配しながら、窓の外をながめていました。もう十五日間、雨はかたときも休まず降りつづいています。リィの耳には、雨が屋根をうつ音がこびりついてしまっていました。


 こんなことは、今までにはありませんでした。


「……アオはどうしているかしら」


 リィはとつぜんアオのことが気になって、窓の側からいきおいよく離れました。リィは、アオの前では平気な顔をするようにしていましたが、このところは逆に、アオの前でならどんなに辛くても平気な気分になれるように、変わってきていました。だからリィは、気分がめいるとアオの顔を見るようにしているのです。


 アオはアオの部屋にいました。お父さんに買ってもらった、リィと色ちがいの雨傘を用意していました。リィは驚きました。そして、アオにたずねました。


「ねぇアオ。傘なんか用意して、いったいどこかへ出かけるつもりなの?」


 アオは、あまり元気がない様子でした。ただ言葉少なに、「うん」と答えてくれただけでした。


 リィは、さらにアオにたずねてみました。


「こんなに雨が降っているのに、出かけるなんてたいへんよ。あしたまで待ってみてはどう? もしかしたら、あしたには雨がやんでお日さまが顔を見せてくれるかもしれないわ」


 けれど、アオはしずかにこう答えるばかりでした。


「あしたまで待ってみても、きっと雨はやまないよ」


 リィは「そうかしら」と首をかしげて、がっかりと肩を落としました。


 それからリィは、さらにさらにアオにたずねてみました。


「それなら、あさってまで待ってみてはどう? もしかしたら、あさってには雨がやんでお日さまが顔を見せてくれるかもしれないわ」


 けれど、アオはしずかにそう答えるばかりでした。


「あさってまで待ってみても、きっと雨はやまないよ」


 リィは「そうかしら」と首をかしげて、がっかりと肩を落としました。


 それから、リィはもう一度アオにたずねてみました。


「それなら、しあさってまで待ってみてはどう? もしかしたら、しあさってには雨がやんでお日さまが顔を見せてくれるかもしれないわ」


 けれど、アオはしずかにそう答えるばかりでした。


「どんなに待ってみても、きっと雨はやまないよ」


 リィは「そうかしら」と首をかしげて、がっかりと肩を落としました。


 リィは、不思議に思いました。どうしてアオは、雨がやまないとわかるのでしょうか。


「ボクにはわかるんだ。この雨は、ボクのことを呼んでいるんだよ。だから、ボクが帰るまではきっと、この雨はやんだりしないんだ」


 リィが不思議がっていることに気がついたのか、アオはさいごにそう言い足しました。少しさみしそうな顔をしていました。


 それからアオは、雨傘を持って、部屋を出ていってしまいました。


「あっ、待ってよ、アオ」


 あわてて、リィはアオを追いかけます。


「呼んでいるって、いったいだれが? 帰るって、どこに帰るって言うの? アオの家は、ここにあるじゃないの」


 リィは泣きそうになりながら、アオの背中に向かって声を張り上げました。けれど、アオはそれ以上、もう何も答えてはくれませんでした。


 アオはまっすぐに、玄関に歩いていきました。そしてそのまま、雨の降りつづく家の外へと、出て行ってしまったのです。「さようなら、リィ」とだけ言い残して。


「待って、待ってよアオ」


 もちろん、リィはすぐに後を追いかけようとしました。ところが、リィが外に出たとたん、雨が急に激しくなって風も強くなりました。前が見えないくらいの雨と風に、リィは思わず目をつぶってしまいました。そしてもう一度目をひらいたときには、アオはもう、どこにもいませんでした。



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