episode9
過去編です
奪われたボールは、ペナルティエリア付近まで侵入したが、ディフェンダーの必死な守りにより、何とか難を逃れた。
チームは、すぐさまカウンター体制に入り左サイドにボールを回すと、一人がポスト役になり二人でパスを繋ぐワンツーなどのコンビネーションプレイを用いながら、あっという間にセンターラインを越え、相手陣地まで駒を進めた。
「蹴也! 行くぞ!」
声と呼応した曇眼の選手が走る。
そして、相手のサイドバックをドリブルでかわした味方が、ゴール付近に綺麗な弧を描くクロスボールを放り込む。
「キーパー!」
ボールの落下点を見据えて走り込んだ選手は、手を伸ばして跳んだ相手キーパーと競り合う形になった。
「あ! 危ない!」
軌道を沿って進んできたボールは相手キーパーの手の中に収まり、競り負けた曇眼の選手は腰から芝生に落下してしまった。
「蹴也! 何回言えばわかるんだ! やる気がないならピッチから出ろ!」
罵声が差す先を見てみると、競り負けた選手がうずくまって膝を抑えているのが見える。
どうやら、落下した際、膝がついてしまったようだ。
「ピー!」
試合を止めた審判が駆け寄る。
「大丈夫? 無理なら一回ピッチの横で休んでた方がいいよ」
「あ・・・それじゃあ少し横に・・・」
「甘ったれんならサッカーなんて辞めてしまえ! こっちはわざわざ時間を作って教えてんだぞ!!」
(ひどい・・・!!)
ベンチから響き渡る、恐らく、今日一番の罵声。
フィールド上を含めた、サッカーグラウンド全体の空気が凍る。
その冷気が空気中の粒子の間を伝い、肌に触れた所で呆気に取られていた我を取り戻す。
正直、怪我をした時まで叱るのは良くないと思う。だが、一般人が口を出していい問題ではないような気もして声が出ない。言葉を発したとしても届かないだろう。
「君・・・無理しない方がいいと思うよ」
選手の手に力が入り、細い腕の血管が浮かび上がっているのが見える。
そして次第に力を緩めていった選手は瞼を下ろした。
(・・・え?)
「君・・・? 本当に大丈夫かい?)
「・・・く、・・・めろ」
「・・・?」
選手の唇が微かに動く。そして、先程下りた瞼が、重い腰を上げるように開いていく。
「早く、始めろ」
(・・・?)
なにか・・・変わった?
選手の雰囲気は明らかに変化していた。
先程までの自分に自信のなさそうな負のオーラの様なものは感じられない。
どの部分が変化したのか、全身を隈なく観察する。
(あ・・・!)
眼の色が、違っていた。
黒の原液よりも黒く、濃くなっていた目は、まるで絶望を唄っている様だった。
「できるなら返事くらいしろや! おい、どうなんだ!」
試合中散々罵声を浴びて涙を浮かべながら引きつっていた顔が、何事もなかったかの様に澄ました顔になって立ち上がり、自分のポジションに向かって走り出した。
もう、罵声は聞こえていないみたいだった。
「ピー!!」
試合が再開し、パスが繋がる。
「蹴也! 行ったぞ!」
ボールが転がる先を見る。
すると、そのボールが近づくたびに彼の口角が上がっていくのが見えた。
(・・・笑ってる?)
ボールを受けた彼の表情は、復讐を誓い、士気が高まった戦士のように笑っている様に見えた。
今回は、過去編でした!
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これからも読んでくださる方一人一人を楽しませるような小説を書いていきます!
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