第5話『AVのない世界』
「探したぜ。ここにいるなら、なぜ一旦走らせた?」
魔女は一口、紅茶を飲むとそのペットボトルを俺に差し出した。
「まぁ、お飲みになって」
なるほど間接キスか。許そうじゃないか。
俺は飲む際に飲み口を思い切り吸った。スビズバババ!
魔女が明らかにドン引きしている。
一滴も残さず飲み干してやった。そして本題に入る。
「さてAVメーカーへの就職の話だが、俺的には全然オーケーなんだけど、今日は印鑑も履歴書も持ってきてなくて」
「何の話でしょうか?」
俺は紙切れを見せた。
「これって、おまえからのメッセージだろ?」
「ええ、そうですけど何か勘違いされてはいませんか?」
カン、チガイ、だと?
俺が動揺していると、ホウキ頭の男が突然指を立てる。
「ああ、君も騙されちゃったのかー。実はおれっちもなんすよね。あ、どうも申し遅れました。猪俣宗治っす! ソウちゃんって呼んでくれよな!」
「お、おう。どうも、伊能右近です」
おれっちっていうやつ、本当にいるんだ。そんなことより、やはり騙されたってのか。そうだ、ひとまず呪いについて聞かなくては。
「最近、エロ動画が再生できなくなった。おまえの仕業なのか?」
「いいえ、それはブルドーザーハンドの仕業ですね。異能力を得ると呪いがかかり、その人間にとって能力と同価値のものを失うのですよ。これは神の決めたこと。私たちには説明しきれません」
「では、異能力を俺に与えたのは、どこのどいつだ?」
「それは、私たちのボス。破壊神ダケドヨイヤツ様です」
ダせぇ。てか、破壊神の片手間って、そいつの片手間ってことかよ!? ダせぇ。
「そいつなら呪いを解くことも可能ってわけか?」
「いえ、呪いを解くには能力に与えられた任務を全うしてもらうしかありません」
「能力に与えられた任務?」
「伊能右近、この世界は美しいと思いますか?」
突然何を言い出すのか。この女がクレイジーであることだけは十二分に理解できた。
「いいや。この世界は汚いね。クソだ」
「ええ、この世には汚い部分がまだまだある。破壊神ダケドヨイヤツ様はそれを嘆き苦しみ、汚れた悪は一度破壊しゼロから始める必要があるとおっしゃっています。中でも異能力を悪用し、汚いお金で私腹を肥やす汚れた勝者たちの存在は放っておくわけにはいきません」
「汚れた勝者たち?」
確かに許せない。俺だって楽して金持ちになりたい。未来なんて見えないのに、未来が見えるといって金をもらいたい。才能のあるやつの作った曲で、歌もそいつが歌って、俺はただ隣で煽ってるだけで金をもらいたい。辛いもの食べて騒いでるだけで再生数稼ぎたい。宝くじを買わずに当てたい。犬を飼いたい。
「私たちは彼らのことを悪のビクター、略してAVと呼んでいます」
「AVって、それかー!」
謎はすべて解けた! AVを破壊せよ! とはそういうことか!
「そしてここ最近、AVの中でも一際強大な力を持った者が勢力を拡大しつつある。このままでは世界は迷惑メールとワンクリック詐欺の海に沈んでしまう。何度設定しても毎日1000件以上の迷惑メールがくることになる。ネットはウイルスで汚染され使い物にならないでしょう。すぐに手を打たなければならない。しかし今、破壊神ダケドヨイヤツ様はドラ○エのやり込みでどうしても手が離せない状況」
「うぉい! ゲームやってんのかよ!?」
「そこでアナタに破壊神ダケドヨイヤツ様の力を一部授け、なんとかしてもらおうというのが今回の企画です」
思っていた以上に面倒なことに巻き込まれたようだ。そして、破壊神の片手間にもほどがある。どうか悪い夢であってくれ。
「把握した。しかし、おまえらのやり方も、その悪のビクターたちとなんらかわらんだろう。ちょっと信用にかける」
「確かにそうかもしれません。しかし伊能右近。他に呪いを解く方法はないのですよ」
クソが。なんなんだよ。こんなやり方が許されていいのかよ?
このまま何もせずに18歳になる日を待って、ブルーレイを買って正規品を観るか。しかしあと何年ある? 3年もあるじゃねーか。そんなに我慢できるか? いや無理だ。
「あ、ちなみにアナタの呪いですが、ネット環境以外にも適応されていますよ。それ系は一切観賞不能です」
心臓が大きくうねり目の前が歪んだ。大きな吐き気と目眩の中、膝が消えてしまったかのように身体が沈没した。
「汚ねぇ。汚ねぇぞ。何が悪のビクターだ。テメェらの方こそ、悪そのものじゃねーか」
「成功報酬は、呪いの解除以外に我慢してがんばった分、そっち系の動画、有料のものも無料で永久見放題」
「やります! やらせて下さい!」
俺に希望の日々が訪れた。