第2話『ざっくりの割には長い回想』
翌日、夢から覚めて現実にがっくししながら学校へ向かった。生毛ヶ丘高校、通称なまこう1年B組は、男子の比率が八割。残りは俺のタイプからはほど遠い小麦色したギャルばかりだ。
そんなドブ畑に咲く一輪の花。河合シュギコ氏。彼女はとにかく可愛すぎる。俺でもできるような三桁の計算すらまともにできやしない彼女だが、可愛いんだからオッケーっしょ! という具合に俺の学園ライフに唯一の価値を見出した存在なのである。
そんな彼女を教室の一番後ろの席から一日中見つめ。下校のときも彼女が最寄り駅で降りるまで見つめつづけるのも俺の日課だ。
断じてストーカーなどではない! 俺はただ彼女を見守っているだけなのだ!
その日も俺は彼女を守らなければならないという使命感に動かされ、まるで隠密のごとく気配を消し10メートル後ろから彼女を見守りつつ下校した。彼女に何かあれば、すぐに大声を出す準備もできている。喉の瞬発力だけは自信がある。
途中、シュギコ氏がスマートフォンを落としてしまった。シュギコ氏はそれを拾おうとして前屈みになった。するとリュックの口がちゃんと閉まっていなかったらしく、中に入っていた鉄アレイが落ちてしまった。
ガゴーンとすごい音がした。シュギコ氏の頭に当たらなくてよかった。
俺がホッとしていると、シュギコ氏は自分のリュックから鉄アレイが落ちてしまったことになど気づくこともなく再び歩きはじめた。そういう細かいことなんて気にしないってとこも彼女の良さだ。
俺はその鉄アレイを拾った。かなり重い。おそらく10キロはあるやつだ。
鉄アレイを持ったまま、しばらく歩いていると、ガラの悪いチャラチャラなチンピラ風の、とにかく悪そうな奴ら三人組が現れシュギコ氏を囲んだ。少し口論をして、シュギコ氏は廃工場へと連れて行かれてしまった。俺は大声を出してやろうかと思ったが、シュギコ氏の鼓膜が傷つくことを恐れ静かに見守ることにした。
替りに工場内には男の怒号が響き渡った。
「おい、コラ、われー! ちゃんと有料サイト使った金払いやがれ、このクソアマー! 見たやろ? なー、見たやろ? 家にいるだけで三億円稼ぐ方法、見たやろがー!」
えーーーーっ! シュ、シュギコ氏、あれ騙されたのー!?
あまりにも驚きすぎて、俺はシュギコ氏に拳銃が向けられていることに気づくのが遅れた。
銃口を目の前にしてもシュギコ氏はまったく動じていない。
あ、ちなみに俺はドラム缶に身を隠している。中じゃねーよ! 外側な!
男たちは、ひどい言葉をシュギコ氏に吐きまくっている。ひどすぎて、ここでは言えない。言ったら第二話にしてこの物語は消去されてしまうだろう。そんなレベルだ。
早く助けなければ。だが、俺は今、利き手である右手に鉄アレイを持っている。左手で勝てる相手とはとても思えない。闘える状況ではない。助けたいけど助けられない。歯がゆい! なんて歯がゆいんだ!
俺が指をくわえて見ていると、突然シュギコ氏がリュックをおろして言った。
「ふっ、アンタたち! 私がそんなおもちゃでビビるとでも思ったの?」
俺の知っているシュギコ氏ではない。
「こんなこともあろうかと、秘密兵器を持ち歩いてるのよ。いでよ! バハムータ!」
そういってシュギコ氏はリュックに手を突っ込んだ。そして、リュックの中でガサガサと手を動かした。
「な、ないっ! 私のバハムータがない!」
――ま、まさか、これのことか!? この鉄アレイのことなのか!?
ごめんよ、シュギコ氏。早く返してあげていれば、こんなことにはならなかったのに。家までついていくには、きっかけが必要だったんだ。
困り果てるシュギコ氏。さらにひどい言葉を浴びせる男たち。
泣き出すシュギコ氏。
俺は、わんわんと泣くシュギコ氏を助けにいきたいが、ここで助けてしまったら、今後のシュギコ氏のためにならないと思いやはり見守りつづけた。
なんら変わらぬ状況のまま時間がすぎていく。そんな中、俺はあることに気づいた。
警察呼んだ方がいいんじゃね!?
俺はポケットから、スマートフォンを取り出そうとした。が、しかし! 右手が鉄アレイで塞がれている!
どうする!? 左手で取り出すか!? だが、果たして、そんなことができるのか!? 左手で取り出すことに成功したとして、左手だけで上手に操作できるのか!? もしも失敗したら、俺もシュギコ氏も木っ端みじんだ!
そうこうしていると、目の前のドラム缶の中から見覚えのある木の棒がひょこっと出てきて、魔女の顔が現れた。
「あー、お、おまえは、この前の!」
「先日は、どうも」
魔女はそういうと、ドラム缶から出ようとドラム缶の淵に足をかけた。体勢がかなりきつそうだ。
「あ、ちょっ、見つかる! 見つかるって!」
俺の冷静な判断を無視し、魔女はそのまま強引に身体を上げようとしている。
「いや、ちょっと、静かに! てか、浮けよ! 浮けるでしょうに! 浮いて出なさいよ!」
俺のグッドアイデアも無視し、魔女はそのままむりくり腕力で淵に登った。そして、ドラム缶を蹴って飛び降りた。するとドラム缶が勢いよく倒れ、金属音が響き渡った。
当然、男たちの視線はこちらに集まった。
「誰だ!?」
見つかった。オワタ!
絶望し、逃げる体勢へと移行する俺の前に魔女が立ちはだかる。
「おい、邪魔だ! どけ! てか、おまえも奴らの仲間だな!?」
そうだ。こいつも詐欺師の可能性大なのだ。大事なことを忘れていた。
「まぁまぁ、落ち着いて下さいよ」
何が落ち着けだ! ああ、ほらこっち来るよ! 奴らが来るよ!
そんでもって、シュギコ氏は逃げたよ! 一瞬の隙をついて知らぬ間に姿を消したよ!
「は、早く逃げないと」
「なーに、言ってるんですか? こういうときのために申し込んだんでしょう?」
「申し込んだ? いや、払わねーぞ! 俺は一円も払わねー!」
「いいから、早くその左手で、やっつけちゃいましょうよ」
左手でやっつける? 詐欺師がわけのわからんことを言い出した。
だいたい俺は右利きなんだが?