第1話『何しに来たのか、わからんアイツ』
まずは俺、伊能右近と謎の魔女マイノリー・ティーとの出会いの話から、ざっくり話しておこう。
学校なんてクソつまらねぇ、勉強なんてクソくらえ、できれば高校なんぞクソ行きたくない俺は、市内でも有数の低偏差値高校に仕方なく進学した。友達もできず、部活にも入らず、バイトもやらず、家に帰ってエロ動画をネットで検索し、サムネをクリックするたび別のページへ飛ばされ、まったくもって目当ての動画にたどり着けずに夜中までネット上をたらい回しにされるという天国と地獄の狭間を行き交う日々を送っていた。
いやいや、その情報わざわざ自分で晒す必要あったのか! と思われそうだが俺の人生を変える運命の左クリックの瞬間のことを説明するには必要な情報なのだ。
いつものように良さげなタイトルとサムネを探し回っていると
【家にいるだけで三億円稼ぐ方法!】 といういかにもワンクリック詐欺らしい誰が騙されるのか理解できないバナーの横に
【右手が恋人のアナタに朗報! AV業界に革命が巻き起こる! さぁ、君の手でAVを破壊せよ!】
との見逃せない文章付きサムネイルが目に入った。サムネでは魔女の格好をしためちゃくちゃセクシーなお姉さんがウィンクをしている。
そりゃ~、もう当然左クリックするわけだよ。
すると、どうだ?
お申し込みありがとうございました。
いったい何に申し込んだというのだ!? 騙された? ざっけんじゃねーよー!
さらに、
後日担当の者がお伺い致します。
――だと?
ぜってー、無視してやっからな!
てか、どーせ来ねーんだろ? 脅したって無駄だかんな!
と、思ったのもつかの間。翌日、深夜3時。家の呼び鈴が鳴ったというのだ。
俺はヘッドホンをしていて聞こえなかったが、母親が対応してくれた。
「右近、お客さんよ」
「わっ、ちょっ、母ちゃん! ノックぐらいしてよ!」
「何回も呼んだのよ~。アンタが気がつかないんじゃないの。だいたい、毎晩毎晩、女の人のうめき声がうるさいのよ」
――ぐはっ! 音漏れしていたのか!? こ、このポンコツヘッドホンめが!
「まったくこんな時間に、こんな綺麗なお客さんが来るなんて、アンタも隅に置けないね~」
綺麗なお客さん? 綺麗ってことは女か! 母ちゃんの言葉にテンションが上がった。
うひょー! 綺麗なお方がなぜこんな時間にー!? うひょー! と思った。
「て、おい! 母ちゃん、やべーよ! それぜってーやべー奴! 怪しいから帰しちゃってよ」
「えー、そんなこといっても、もう上がってもらっちゃったし」
そういわれてみれば、部屋のドアが開いた瞬間から、なにやら甘味な香りが漂っている。一言で言うならばエロい。エロい香りだ。
母ちゃんが階段の下へ手招きをすると、その香りはさらに強さを増した。
「あ、ごめんなさいね。どうぞ、こちらへ」
ドア枠から木の棒が飛び出した。
「すいません。では、失礼します」
女の声が聞こえた。木の棒から先が姿を現す。
それは間違いなくワンクリ詐欺のサムネに出ていた魔女だった。その女はホウキにまたがり、そして浮いていた。
「う、浮いてるー! ちょっと母ちゃん! その人、浮いてるよ!」
「ねー、ほんと。どうなってるのかしらねぇ。最近のホウキはすごいのねー。ダ○ソンかしら?」
「いやいや、さすがに掃除機メーカーと科学技術の問題では……。てか、警察! 今すぐ警察呼んで! こいつ詐欺師だよ!」
まさか本当に来るとは思わなかった。住所がバレているなんてことも思いもしなかった。どうせヘッドホンの音漏れで、親にはすべてバレているのだ。洗いざらい経緯を話そう。
そう思った、そのときだった。
――へーっきしん!
父ちゃんがくしゃみをしたのだ。
俺は驚いた。父ちゃんが寝ている両親の寝室は一階、俺の部屋は二階だ。いくら大きなくしゃみとはいえ、こんなにもはっきりと聞こえるなんて。つまり、俺のヘッドホンから漏れていた音も相当大きく、はっきりと聞こえていたことになる。両親どころか隣の家、近隣住民にまで俺の性癖が響き渡っていた可能性もあるのだ。
まずい! これは、とてつもなくまずいぞ! 俺、まだ高1だぞ!?
てか、俺の耳、大丈夫か!? 俺、まだ高1だぞ!?
そうこう思考を巡らせていると、部屋には魔女と俺の二人きりになっていた。
俺は、宙に浮いた女を睨み付けた。
――いい女じゃねーか!
スタイル抜群。長くて綺麗な黒髪。顔も女優並みに美しい。いや、かわいい系も若干入っている。声もどちらかといえばかわいい寄りだった。
なんかもう詐欺とかどうでもいい。あんなことやこんなことが起こってほしい。
俺はその後の展開を妄想しまくった。どんどん溢れ出る展開に将来そっち系に就職した方がいいんじゃないの? と自身の才能に酔いしれた。
そのときだった!
――母ちゃんが、お茶とせんべえを持ってやってきたのだ!
「あ、どうもすみません」
と魔女は礼儀正しくおじぎをした。
俺たち二人は、無言のままとりあえず、せんべえを食べた。部屋にぱりぱりぽりぽりと音が響き渡る。俺は魔女の言葉をとりあえず待ってみたが、彼女の口からは、せんべえのカスが零れ落ちるばかりだった。
せんべえを二十枚ほど食べ終えると、彼女はお茶をずずずとすすり、何も言わずに帰っていった。
――えっ!?
――いったい、何だったの!?
翌日、俺は日課である釣りサムネイルたらい回しの旅すら手につかないまま魔女のことばかりを考えていた。
多額の料金を請求されるわけでもなく、ただせんべえを食って帰っていった魔女のコスプレをした浮いている女。目的がさっぱりわからない。考えても無駄だ。俺は珍しく深夜1時より前に眠りについた。そして、すでに自分の身体に変化が起こっていることなど知らずに、宝くじが当たってハーレム状態という恋愛チート設定の夢を見たのであった。