新たな手口『異世界転移』に御注意を
リハビリがてらに書いた短編ですので、暇つぶしにでも読んで頂ければ幸いです。
これは俺が世界に絶望し、死んだような毎日を送っていた頃の話だ。
その頃、両親と死に別れ天涯孤独の身となった俺は、大学に通うのも億劫になり家の中に引きこもっていた。やる事と言えば、ネットサーフィンをする事くらいで、完全にダメ人間と言っていい生活を送っていた。
自己弁護ではないが、それもある意味しょうがないと思う。今年から俺も二十歳、閲覧規制が外れたネットの世界は広大で、俺にとっては全てが真新しく見えたのだ。
今の時代、未成年者に対する情報規制の技術が確立されており、少しでも不適切と思われる情報が有れば、ネットもメディアも規制規制、規制の嵐である。
そのため、成人となって多くの情報に触れられるようになってから、俺のように引きこもってしまう人間が増えていると聞いたことが有る。
まあ、俺に両親が残してくれた遺産は、自分一人なら一生働かずに暮らせる程度には潤沢であったため、このまま何をせずとも生きていくことは出来るはずだし、何の問題も無いはずだ……。
その日もいつも通り、夜遅くまで広大な電子の海を泳いでいると、心躍る文字の羅列が俺の目に飛び込んできた。
それが「異世界転移」だ。
どうやらそのサイトでは、異世界転移を行うための魔法薬を販売しているらしい。普通に考えれば、魔法薬なんてあり得ない物だ。だがこれがもし本物であるなら、この退屈な世界からも抜け出せるかもしれない。
ふうむ、表示された金額も大した額では無いし、最悪は知り合いの弁護士に相談すれば、なんとかなるだろう。
そうだ、こういう時こそネットだ! ネットの評判を見てみればいいんだよ。
そう思った俺は、常時通電しているPCの前に座り、先日見た魔法薬の評判に関して、ネットで検索をかけて調べ始める。
検索の一番上に表示されたサイトを覗くと、使用者の感想がズラーっと並んでいた。見る限りは高評価の書き込みが殆どであり、否定的な書き込みは見当たらない。
よし、取りあえず試して見ようか!
冷静に考えれば、異世界転移などある訳が無い。それでも万が一を考えてしまうと、俺はこのチャンスを逃す事が出来なかった。
俺は軽い気持ちで、ブラウザに表示された『購入』のボタンをポチっていた。
ボタンを押すと、画面が切り替わって購入方法が表示される。取引は直接手渡しでとのことで、画面には取引場所と日時、取引時の合言葉が表示されていた。
俺は眠い目を擦りつつ、部屋に転がっていたレシートの裏にそれらをメモし、その日は眠りに就いたのだった。
翌日、メモを片手に取引場所の路地裏に行くと、露出度の高い占い師のような恰好をした女性がいた。彼女の顔はヴェールで隠れておりよく見えないが、スタイルは良くて正直、目のやり場に困る。
小さなテーブルを挟んで、俺が彼女に向き合う形で椅子に座ると、艶っぽい声で話しかけてきた。
「お客様、何をお求めで?」
「えーっと、その……『異世界への渡し舟』をお願いできます?」
半信半疑で合言葉を口にすると、彼女は何やらゴソゴソと準備を始めた。
「初めてのお客様ですよね、まずはこちらに手を当ててもらえますか?」
「えっと、これは……?」
「これはですね、魔力適性を調べる魔道具なんです。転移先で魔法が使えない生き延びれませんからね、こうやって事前に調べるのですよ」
女性がテーブルに取り出したのは透明な水晶玉のようなもので、どうやらこれに手を当てろと言っているようだ。
俺が怪しんで二の足を踏んでいると、彼女は自分の手を水晶玉に当てる。すると、水晶玉が水色の光を放ち始めた。
「こんな感じですね。私は水属性ですので水色に光ります。まぁ、こっちの世界には魔力が殆ど無いので、魔法は使えませんけどね」
なるほどこれはなかなか面白い、俺もやってみるとするか。
俺が手を当てると水晶玉が紫色の光を放ち始める。しかも、彼女が触れた時よりもかなり強い光を放っている。
「これは!? ……すごいですね、こんなに強い雷属性への適正があるなんて。これなら、魔法薬を渡しても問題無いでしょう」
「ほんとですか? それじゃぁ!?」
「ええ、一つお譲りしますね。それと今回は無料で構いませんので、ぜひ異世界の人達を助けてあげてください。貴方であればきっとできます!」
そう言って彼女は、粉末状の薬が入ったパックと使用方法が書かれた紙を、俺の手を自分の手で包み込むように渡してくれる。久しぶりに触れる人肌の温もりに、俺はドキドキしてしまった。
彼女に別れを告げて自宅にった俺は、魔法薬の使用方法を確認してみることにした。紙に掛かれた内容を見るに、まずは転移したい世界を思い浮かべてから、魔法薬を使用すると望んだ世界に近い世界に転移できるらしい。
俺には雷魔法の適正が有るという話なので、取りあえずは剣と魔法の世界を思い浮かべて見る。
やはり大きな力を得て、魔物とかを倒して勇者とか呼ばれてみたいよな~。
自分が格好良く魔物を退治し、人々から歓声を受ける姿を想像しながら魔法薬を吸引すると、徐々に意識が遠のくのを感じる。周囲の景色が歪み、自分が何処に居るのかも分からなくなっていく。
気が付くと俺は、異世界に立っていたのだった。
~~~~~
そこで過ごした時間は、まるで夢のような時間であった。
まず最初に、異世界の王宮に召喚されることで勇者の力を得た俺は、何だかんだで魔王に攫われた王女救出の旅に出ることになった。その時、一緒に旅に出ることになったのが、聖騎士、聖女、宮廷魔術師、忍者の4名で、タイプは違うものの何れも美少女、美女と呼んで差し支えない者達だった。ちなみに忍者ちゃんは、顔を隠してて男と名乗ってはいたけど、お約束としては美少女なはずだ。
長いようで短い旅路の間に、ヒロイン達との好感度イベントを順調にこなし、彼女達は俺にとってかけがえのない存在となっていた。だが、もう一息というところで、こっちの世界に戻ってきてしまったのだった。
あとちょっとで、聖女ちゃんとキスくらい出来そうだったのにな……。
それにしても、何故こっちに戻ってきてしまったのかが分からない。これは、また魔法薬を買う時にでも確認しとかないとな。
その日は、早く異世界に行きたいという、逸る気持ちを抑えて、何とか眠りに就いたのだった。
翌朝、魔法薬の取引場所に向かうと、相変わらず露出度の高い占い師さんに迎えられた。
「あら、あなたは確か……昨日の?」
「戻って来ちゃったんですが、どういうことですか!?」
「あぁ、もう行かれた後でしたか。戻って来たってことなら、そうですねぇ……あなたの魂が異世界にまだ馴染んでいないということでしょう」
「馴染んでいないですか?」
「そうです、個人差はあるのですが定着するまでに、3、4回の使用が必要な場合もありますね。説明不足で申し訳ありません」
なるほど、あと3回使えばあっちの世界で生きられるのか。確か魔法薬は3千円だったはずだから、3回で1万円も掛からない。3回使っても戻って来ちゃうようなら、その時また考えれば良いだろう……。
「そうでしたか、まあそれは良いとして、例の物はありますか?」
「はい、ありますよ。今回は3千円になりますが、よろしいです?」
「もちろんです。あっ、3回分いただけます?」
「申し訳ありません。多くの方にご利用頂くために、1日に1回分のみの販売とさせていただいています」
「そうですか……では1回分で良いです」
そうして1回分の魔法薬を購入した俺は、すぐさま家に戻り、魔法薬を使用したのだった。
~~~~~
って、やっぱり戻って来ちまったか……。
今度はあれだ、風呂場で忍者ちゃんらしき人物と鉢合わせの上、女性と判明して、こっからルートに突入か? ってタイミングでだぞ!
一応、仲間達には俺の事情を話し、解ってもらいはしたが、こう突然に戻ってしまうというのは問題だ。ギリギリの戦闘中に戻ってしまったらと思うと恐ろしすぎるよ。
あーもうイライラする、早く明日になってくれ!
翌朝、なかなか治まってくれないイライラを感じつつ、例の場所に向かうと、今回は先客が居た。筋肉隆々の男で、信じられない事に革鎧のような物を着ている。
何の冗談だ、このオッサン……。
こっそり覗き見るに、どうやら俺とはご同輩のようで、占い師のねーちゃんから魔法薬を受け取っていた。
オッサンが退くのを待ちきれずに俺が近づくと、占い師が話しかけてくる。
「あらお客様、本日もですか? 申し訳ないのですが、さきほどのお客様で本日分の最後となります」
「ぐっ……そこをどうにかなりませんか?」
本来の俺は、もっと聞き分けの良い人間であるはずが、その日は何故かそう食い下がっていた。
「そう言われましても、もう品物はありませんし……そうですね、あとはあちらの方と交渉して頂くくら
いくらいしかありませんね」
「なんだ兄ちゃんもこいつが欲しいのかい?」
「はい、どうか譲ってください!」
「俺だって早く使いたいんだがな、まあ、どうしてもって言うなら2万でどうだ?」
「2万ですか……」
「ちっ、しゃーねーな、1万でいいぞ。これ以上まけろってんなら、俺は帰るぞ!」
「あっ、買います買います。1万でいいんですね」
ちょっと勢いに押された感はあるが、まあいい。早く、あっちの世界に向かおう。
~~~~~
あぁクソ! またこっちの世界に来ちまったのか。
オークキングと戦ってた途中だぞ! このままじゃ聖騎士さんがくっころ展開になっちまう。
薄い本で読む分には好きだが、知り合いがそうなるとか御免だ、早くあっちの世界に帰らねば……。
翌朝、息を切らして例の場所に向かうと、今日も占い師と革鎧の男が居た。
「おう兄ちゃん、今日はもう売り切れだってよ。お互い、運が無かったな」
「申し訳ありません。ここのところ材料が高騰しておりまして、作れる数も少なくなっておりまして……」
「そんなことは知らん、とにかく薬をくれ!! じゃないと、俺の仲間が、仲間が……」
「まあまあ兄ちゃん、いったん落ち着けや」
余裕無く占い師に詰め寄った俺を、革鎧の男が力づくで止めつつ囁く。
「しゃーねーな、俺が心当たりをあたってやるよ、ちょっと待ってろ」
革鎧の男が、何件かの電話を掛けてくれた。
「おう兄ちゃん、3万なら譲っても良いって奴が居たが、どうする?」
「おっ、お願いします! 今から、お金を下ろしてきますので!」
「あいよ、こっちも呼んでおくから、早く行ってきな」
俺がコンビニでお金を下ろして戻ってくると、革鎧の男が黒ローブの男を連れて来てくれた。この人はきっと、異世界では魔法使いか何かなんだろう。
「君が薬を譲ってほしいって子だね」
「はい、これがお代です!」
俺が急かすように代金を渡すと、黒ローブの男は苦笑いしつつも薬を手渡してくれる。
「ありがとうございます、それではこれで!」
お礼を言うのもそこそこに、急いで家に帰った俺は、すぐさま俺の世界へと帰ったのだった。
~~~~~
結果として、聖騎士さんの救助はなんとか間に合った。
だが、どうして……どうしてあと1時間、戻すのを待ってくれなかったのか。あとちょっとで、聖騎士さんのたわわな果実を味わえたというに……。
あれ? でももう3回使って魂が定着したはずだよな? いや、まだ2回だったっけか?
まあいいか、また魔法薬が欲しい。
早く俺に薬を薬を薬を……。
その辺りから俺の記憶は曖昧で、正確なところは思い出せない。
何となく憶えているのは、何だかんだ理由を付けて値段が上がっていく魔法薬を、言われるままに購入していた事くらいだ。
俺は結局、異世界に渡る事など出来ずに、気付いた時には病院のベットに拘束されていたのだった。
病院でどのくらい過ごしたのかは不明だが、俺が精神的に少し安定してきた頃に、警察官らしき2人組に事情聴取をされたのは憶えている。
事情聴取が終わった後に、俺が眠りに就いたと思ってか2人組が始めた会話が、妙に耳に残っていた。
「これで12件目だったか?」
「ですね。にしても何で皆、こんな手口に引っかかりますかね?」
「そう言ってやるなよ。最近の子供は『危険ドラッグに手を出しちゃいけない』と教えられてても、危険ドラッグが実際にどういう物なのかを知らねーんだ」
「テレビ、漫画とかでも普通にそういうの出てきません?」
「そりゃ一昔前の話だぞ。最近じゃ、やれ子供の育成に悪影響を与えるだなんだと、クレームが多くて、どの業界でも自主規制だ」
「なら、学校とかでそういう教育すればいいんじゃ?」
「下手な事教えたら学校の所為にされかねんよ、『学校で危険ドラッグの効果を知って、興味を持った所為だ』とかな。全くモンペはこえーな、教師にならなくて良かったぜ」
「全く世も末ですねぇ」
「だな……っと電話だ。ちっ、また被害者だとよ、いくぞ!」
結局のところ俺は単に、異世界に行ったような幻覚を見ていただけらしい。事実は小説より奇なりとも言うが、俺に降りかかった出来事は何ら不思議な出来事では無かったのだった。
さて、そんな馬鹿をやった俺が今どうしているかというと、あれから3年経つが一応、生存している。
遺産の7割を魔薬で溶かしたものの、幸い親が残してくれた家は残っていたため、細々と生活を続けられていた。
仕事だってしている。未だに薬の副作用のフラッシュバックや、猛烈な飢餓感に時より悩まされつつも、工場での単純作業に従事していた。ちなみにこの仕事は、知り合いの弁護士さんに紹介してもらえたもので、感謝してもしきれない。
今の俺の生活は、以前に比べて苦しく決して幸せな物とは言えない。いや違うな、俺がこうなったのは自業自得で、生きていられるだけで幸せなのだろう。
確かに今、俺は生きているのだから。
お読みいただきありがとうございました。
情報規制や自主規制が悪いほうに進んでしまった、ちょっとだけ未来の話になります。
一応、誤解の無いように言っておきますと、この作品で異世界転移物を否定している訳ではありません。
むしろ作者は、異世界ものは大好物ですから。
ただ、こういう手口が有ったら、引っかかる奴もいるかなぁ?って妄想しながら書きました。こんなんで騙される奴いるか? とか、望んだ幻覚なんて見れないだろとかの突っ込みは、フィクションという事でご勘弁を。
後、最後はただのバッドエンドにならないよう、いい感じにまとめてしまいましたが、魔薬はダメ絶対!です。曲がりなりにも社会復帰できてる主人公は、相当幸運なパターンのはずです。まあ、賢明な読者の皆様には言うまでもない事ですけどね。
あまりうだうだ書いててもあれですし、ここらで連載が滞っている別作に戻ろうと思います。それでは、また拙作で、お会いできることを祈っております。
※あくまでリハビリ作品ですので、感想受付はしない設定とします、悪しからず。