母の愛
大姫が大人の階段を登り始めます。
私は、下女に、後で三人分の白湯を持ってくるように指示して、巴母様と小百合かか様と自室に入ります。
巴母様と小百合かか様に、上座に座っていただきます。
小百合かか様は、私が上座へ座るように促すと、とんでもないといった表情をして遠慮しますが、巴母様の隣に並ぶようにして座ってもらいました。
「本日、無事裳着を済ませられたのも、一重に巴母様と小百合かか様の養育のおかげです。今一度、改めてお礼を申し上げます」
私は、巴母様と小百合かか様に三つ指をついて頭を下げます。
「大姫、顔を上げて。本当に…よく育ってくれました。姫が幼い頃は、母として何もしてあげる事ができませんでした…その事は、詫びさせて下さい」
巴母様が、頭を下げます。
私は、慌てて巴母様に顔を上げてもらいます。
「昔は、体の弱かった姫様が…巴様が始められた数々の事が今の姫様を作られたのです。私は、姫様が明るく健やかにおられるだけで充分です」
小百合かか様が涙ぐみます。
「大姫…おぼえていますか?姫が私の事を初めて『母様』と呼んだ日の事を」
巴母様が私の隣に座って手を握ります。
「それが…あまりおぼえて無いのです。かか様は『姫様は熱でうなされていただけです』なんて言うのです」
くすっと私は笑い小百合かか様を見ます。
「今だから言えますが…あれは姫様が七つの頃でした。ひょんな事から風邪をひいた姫様は、一旦治りかけたのですが、ぶり返してこじらせてしまったのです。何日も、姫様は熱が下がらず、私は義仲様と巴様に使いを出しました。姫様のお命が危ないと感じて…その頃、巴様は西国におられました」
小百合かか様が、下女から受け取った白湯を並べていきます。
「知らせを受けた私は、夜を日に継いで戻って来ました。義仲様は、色々と為さねばならない事があって、動けなかったのです」
巴母様が、白湯で喉を潤し続けます。
「屋敷に着いた私は、熱にうなされている姫を小百合に代わって懸命に看病しました。熱が下がりはじめた頃…姫は私の顔を見て『母様』と呼んでくれたのです」
「やはり、姫様は熱の為に、幻をみたのではありませんか?それまでは、巴様を『おばさま』と呼んでいたのですから…」
小百合かか様が、あえて茶化すように言います。
「小百合…どうしてそんな事を言うのです?折角の感動が台無しです」
巴母様は、一瞬むっとした後明るく笑います。
「それにしても、姫は最近、体に丸みを帯びて、ぐっと女らしい体になりましたね」
巴母様が、うれしそうに言います。
「以前は、食も細く偏食気味でしたが、最近は随分と食べられ、偏食も随分直ってきました」
小百合かか様もうれしそうです。
「そうでしょうか?…自分では、よく分からないのですが」
私は少し首を傾げながら答えていると、体の中から何かが外に漏れ出た感覚に襲われます。
私は、とっさに粗相をしたと感じて顔を赤らめ俯きます。
「大姫…どうしました?」
巴母様が心配そうに聞いてきます。
私は、肌を伝ってくる漏れ出た物の感触が気持ち悪くて、巴母様達に断りをいれて中座します。
小百合かか様が心配そうに見つめています。
巴母様が私の振る舞いや座っていた所を見ています。
「大姫…今日、体も大人の女性になったのですね」
巴母様が優しく、嬉しそうに私に言います。
小百合かか様に『月のもの』の処置をしてもらい、これから毎月やってくる『月のもの』について教えをうけます。
「やはり、最近姫が女らしい体になったので、体が大人としての活動を始めたのでしょう」
巴母様が私の頭を撫でながら言います。
「ちょうどよい折りです。姫の侍女を紹介しましょう」
巴母様が小百合かか様を促します。
小百合かか様が、頷いて部屋を後にします。
しばらくして、小百合かか様が、一人の女性を連れてきました。
私より幾分か年上のようです。
「姫様…本日より姫様付きの侍女となる、私の娘の『皐月』といいます」
「姫様、まだ母のようには参りませんが、よろしくお願い致します」
小百合かか様の紹介の後、皐月と呼ばれた女性がきちんと挨拶します。
「姫も小百合の娘なら、安心でしょう」
巴母様が、にっこりと笑います。
「私の事は、小百合かか様から聞いていますか?巴母様のようにふらっといなくなる事はないので、安心して下さいね」
私は、ちらりと巴母様を見てから皐月に声をかける。
「しばらくは、姫様の方も見させていただきます。あぁ、でも、またふらっといなくなる巴様に気を揉む事になるのですね」
小百合かか様がわざとため息をつきます。
「もう、世は落ち着いているから、ふらっといなくなったりしないわよ。尤も、色々と試してみたいことはあるから、昔に戻るだけよね」
巴母様が明るく笑います。
このあと、新しく屋敷の家族になった皐月を交えて楽しい時を過ごしたのです。
次回は、あのトラブルメーカーが登場予定です。
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