【幕間】 夜叉と巴
この段は、夜叉姫主観です。
「夜叉姫殿……少しよろしいですか?」
私が、義重様の『北の方』になると義高様に伝えた翌日。巴様が私の居室を尋ねてこられた。
「あ、はい……」
私は、居住まいを正して、巴様を迎え上座に座っていただく。
「夜叉姫殿……」
巴様が、話を始めようとする。
「もう、私は、義重様の『北の方』になる身。『夜叉姫』と呼んで下さい」
私は、一礼する。
「その事で、こちらに来たのです。私に憧れを持つのは構いませんが、何も私と義仲様の関係まで真似する必要はないのです」
巴様が、私に諭すように言う。
「私が、『巴様の真似』をするためだけに、義重様と一緒になると?」
私は、少しむっとしながら尋ねる。
「おや?そうではないのですか?よいですか、姫。私は、義仲様との間に子を成すことができませんでした。だからこそ、義仲様と共に歩むと決めたのです。『女の役目』を捨てて……」
巴様は、少し遠い目をしながら言う。
「私は、『女の役目』を果たして尚、巴様と義仲様のようになりたいのです!私は、義重様と共に歩むと決めています!」
私は、しっかりと巴様を見つめる。
「姫……貴女と義重殿が、結ばれる意味……分かった上での言葉ですか?いくら子は、授かり物とはいえ、一代で終わってはならないのですよ?」
巴様が、私をじっと見る。
「巴様は、私と義重様が結ばれるのに、反対なのですか?」
私は、巴様に尋ねる。
「一時の感情に流されては、と……。私に憧れるのは良いとしても、貴女は『平氏の姫』。『源氏より弱い』のです。義重殿は、義高殿を支えなければならない立場。分かりますね?」
巴様は、私に告げる。
「『平氏』は『源氏』と並び立つ『武家』。その言葉、いくら巴様とて、聞き捨てなりません!」
私は、怒気を孕みながら言う。
「ほう……、ならば『平氏』が『源氏』と並び立てられるのか、見せてもらいましょうか?組み打ちで……」
巴様は、くすっと笑う。
私と巴様は、私の居室の前の庭に降りる。
「いつでも……」
巴様は、余裕の表情を浮かべる。
私は、巴様に向かっていく。
「甘い!」
巴様はくすっと笑い、私の足を払う。私は、地面に伏す。
何度も向かっていくが、いいようにあしらわれる。
「時間の無駄です。やれやれ……重盛殿も孫には甘いようですね。私が怖れた平家の武の微塵も受け継がれてないとは……」
巴様は、ため息をついて私を見下す。
「『平家』を……重盛様を……」
私は、きっと巴様を睨み付ける。
「ふふっ、怒りましたか?かつて、平家にも『鬼』がいました。重盛殿、知盛殿、教経殿……。皆、己の大切な者を護るために……。姫、貴女が護りたいのは?『平家の姫』の立場ですか?『義重殿』ですか?」
巴様は、まだ冷たい目で私を見下す。
「私は……、『義重様と共に歩む』!」
私は、痛む体を起き上がらせる。
「ようやく、『夜叉』が目覚めましたか?」
くすっと巴様は笑う。
私は、巴様の腕を掴む。
「か弱い姫の腕力で……」
巴様は、振り払おうとするが、それがなぜかできずにいる。
私は、この千載一遇の好機を逃さずに、巴様を背負うようにして投げ飛ばす。
「見事……」
巴様が、地面に大の字になりながら頬笑む。
「巴様……」
私は、手をさしのべる。
「姫に腕を掴まれた時、貴女の後ろに『平家の鬼』が見えました。ふふっ、重盛殿も人が悪い……。『紅葉の再来』をだしに『平家の鬼の血』を目覚めさせるとは……」
巴様は、立ち上がりながら微笑む。
「爺様が?」
私は、ぽかんとしてしまう。
「重盛殿からの手紙に、『世間を教えてやって欲しい』と書いてあったのは、知ってますね?実は、もう一つ頼まれていたのです。それが……」
巴様が、私を見て言葉を続ける。
「平家の中では、どうしてもお互いに『甘え』や『身びいき』をしてしまう……。それ故に、私に姫の本気を出させてくれと……」
巴様は、ふうっと息を吐く。
「あ……あの……巴様……」
私は、おそるおそる声をかける。
「何です?姫」
優しい笑顔で、私を見る巴様。
「私と……その……義重様と……」
私は、赤くなりながら俯く。
「私は、義重殿が姫を好きで、伴侶に『北の方』に選ぶと思ってました。幼い頃から、義重殿を見てきたのです。それくらい初めから見抜いていましたよ」
巴様様は、さらりと言う。
「では……」
私は、ぱっと明るい表情になる。
「姫は、私より大変な道を歩む事になるのです。常に義重殿の傍らにいて、子を産み、育て、『北の方』として、義重殿と新たな一門を作り上げなければならないのです。生半可な気持ちや甘えを絶ち切らせたかったのです」
巴様様が、縁に私を誘い隣に座るように促す。
「私に……出来るでしょうか?」
ふと、不安を口にする。
「『多聞天』の眷属は『夜叉』。二人で歩めば大丈夫です。ふふっ、義仲様の言っていたように『新しい娘』ができました」
巴様は、にっこりと笑う。
「姫、ここにいたか……て、巴御前と一緒!」
義重様が驚いた表情をみせる。
「おや?『夜叉を手懐けた多聞天殿』、そのお手並み『紅葉の再来』の私にも見せて頂きたいのですが?」
にやりと巴様が笑う。
「いや……今は、大事な時なので……」
義重様は、脱兎の如く走っていく。
その姿を見て、私と巴様はくすくすと笑いあった。




