【幕間】義重と夜叉
上野国・多胡荘……。
「何だ、もう終わりか?」
俺は、平然と倒れそうな夜叉姫を見て言う。
「野駆けを五里(20㎞)もすれば、私みたいになるのが普通だと思うのですが……」
彼女は、俺を見上げて言う。
「だから、鍛え方が違うって言っただろう?無理やり付いてきたのは姫だぞ?」
俺は、ため息をつきながら言う。
「ところで、義仲様が言っておられた『娘がもう一人』とは?信濃で、お見かけしなかったようですが?」
姫が、息を整えながら尋ねる。
「あぁ、『大姫』の事か……義高兄上と俺の『妹』だ。血は繋がってないがな」
「腹違い……というわけですか?」
「いや、そうでもない」
俺の言葉に姫は、困惑した表情する。
「まぁ、姫が身内になったら説明してやるよ。さて……次は、あの坂を使った鍛練だ」
俺は、少し離れた場所にある鎮守の森を指さす。
「もう始めるのですか?もう少し休ませて下さい」
姫がへなへなと腰くだけになる。
「そんなんじゃ、何時までたっても俺や御前に勝つなんてできないぞ!それとも、『夜叉姫』は名前倒れか?」
俺は、姫を叱咤する。
しっかり身体を動かした後は、しっかり食べる。
それが、木曽流。
山盛りの飯、様々な副菜。
「しっかり動いた後は、しっかり食べる。残さず食べろよ?」
俺は、姫に言いながら、焼き魚にかぶりつく。
「こんなに食べなければならないのですか?」
姫は、げんなりかつ目を丸くしている。
「これくらいは、食べないと身体が持たん。特に女性は、もう少ししっかりした身体でないとな」
俺は、魚にかぶりつく。
「は?どうして女性の身体の事に繋がるのです?」
姫が、副菜に手をつけながら尋ねる。
「巴御前の言葉の受け売りだ……子を産むのは体力がないといけないらしい」
俺は、少し照れながら魚を食べつづける。
「それを、義重殿が私に言う理由が分かりませんが……」
姫が俺に微笑む。
「まぁ、しっかり食べて体力をつけろと言いたいんだ」
俺は、赤くなりながら飯をかきこむ。
「姫は、どうして巴御前に憧れる?」
鍛練を終えた夕方、館近くの川の土手に座りながら俺は、姫に尋ねる。
「私に流れる『平家の血』と『夜叉』の名のせいでしょうか」
姫が、俺を見てくすっと笑う。
「『平家の血』か……。そういえば、知盛殿、教経殿は巴御前と名勝負を繰り広げたとか」
「源氏に負けない程、私達一門も『武勇』の将はいるのです」
姫が胸を張りながら答える。
「なぁ、『平氏』・『源氏』と肩肘張るのは止めにしないか?俺は、父・義仲のようになりたい。姫は、巴御前のようになりたい……」
俺は、川に向かって小石を投げる。
「義仲父上の隣には、いつも巴御前がいる。なぁ、姫……姫さえ良ければ、俺達も同じようにしてみないか?」
俺は、姫の顔をじっと見る。
「それは……」
姫が赤くなり俯く。
「そうだよなぁ……こんな半端な俺じゃあな。悪い、姫。忘れてくれ」
俺は、すくっと立ちあがり背を向けるが、義重様と呼び止められる。
俺が姫の方を向き直した瞬間、俺の頬に痛みが走る。
「『夜叉』の張り手は効きましたか?天下を二分する源氏の男子が、『夜叉』に……平氏にびくついて……『共に歩もう』くらいいえないのですか!」
姫は、瞳を潤ませている。
「私は、巴御前のようになるべく今まできました。でも、義重様に鼻をへし折られ……義重様は、私に手を差し伸べてくれました。私は……」
姫が、俺に抱きついてくる。
「姫……、俺の……『巴御前』に。『共に歩んで』くれるか?」
俺は、姫の顔をあげさせながら尋ねる。
「『夜叉』を手懐けたのですから、義重様は『多聞天』ですね……」
姫がくすっと笑う。
「半端な俺達が、多聞天と夜叉だったら、義仲父上と巴御前の関係はどうなる?」
俺は、姫に少しおどけながら尋ねる。
「さて……本人に聞いてみたらいかがでしょう?」
姫も、少しおどけながら答える。
「『大姫様』について教えてください」
館に戻り夕餉をすませて、義高兄上と雑談している最中、夜叉姫が俺の所にやって来ていきなり切り出す。
「おい……」
俺は、姫を窘めるが姫は聞こえない振りをしてやり過ごす。
「ん?どうして夜叉姫は、『大姫』の事を知りたいのかな?」
義高兄上が、至極もっともな疑問を口にする。
「『大姫』様が私の義姉になるからですが……」
夜叉姫は、当然といった感じで答える。
「あぁ、義仲父上が巴御前に言った事を真にうけたのか……姫は、『客』だから」
義高兄上が夜叉姫に説明しかける。
「いえ、私は、義重様の『巴御前』に、『北の方』になりますから、大姫様とは『義姉妹』になりますので」
夜叉姫が、義高兄上に理由を告げる。
「義重……姫の言葉……本当か?」
義高兄上が俺を見る。
「まぁ、姫曰く。俺は、『夜叉を手なずけた多聞天』だそうだ」
俺は、ばつが悪そうに頬を掻いて誤魔化す。
「無理はしてないな?」
義高兄上が俺をじっと見る。
「お互い共に歩む伴侶が決まったんだ。祝ってくれよ」
俺は、少し瞳を潤ませて言う。
義高兄上が、俺の頬をつねる。
「無理を無理と言わなかった事と、大切時期に色恋に走った罰だ」
義高兄上は、そう言ったあと俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「すまん……兄上。今から『大姫』は『義姉上』だよ。もう俺の隣は、『夜叉』がいるしな」
俺は、明るく笑う。
「おい、義重。呉々も夜叉の手綱をしっかり締めろよ?こちらの姫まで『夜叉』にされてはかなわんからな?」
義高兄上が笑いながら言う。
「さぁ、どうだか……大姫は『紅葉の再来』と言われた巴御前の娘。ある意味夜叉より恐ろしくなるかもしれませんよ」
俺は、わざと盛大なため息をつく。
「今のうちに、義仲父上に御し方でも教わりに行くか?」
義高兄上の言葉に俺は、頷いてお互いに笑いあった。
翌日、大姫に文を送った。
伴侶を見つけた事、これからは、兄ではなく『義弟』として、接する事をはっきりと書いた。




