風雲《源行家》
お待たせしました。
この頃、幕末のような『尊皇』思想はありませんでしたが、他によい言葉が浮かばなかったのであえて使用しています。
「まさか……山猿があの場にいようとはな」
儂は、三島大社を後にして、新宮に戻る道すがら一人呟く。
まぁ良い……山猿が坂東から京にやってくるまで、時間はたっぷりとある。
「早くて、半年先……充分じゃな」
儂は、坂東の状況を予想し、山猿が上洛してくる時期をそう判断する。
「半年あれば、京周辺をしっかりと固められる……できれば、近江を押さえたいが……」
儂は、新宮に向かう速度を速めながら、あれこれと策を練っていく。
叡山を動かすか?あれが動けば、近江から上洛はしにくい。
伊勢から大和路も考えられない。平家ならともかく、源氏だからな……
「行家様……」
つと、街道をすれ違った山伏に声をかけられる。
「倅たちの手のものか?」
儂は、振り向きもせずに答える。
はい……と、答えた山伏が街道沿いの岩に儂を促す。
「で……西はどうだ?」
儂は岩に腰掛けながら山伏に尋ねる。
山伏は、倅たちの動きを報告してくる。
熊野衆と合流して河内に入り、非主流となった源氏の系統を糾合している事。
京や南都に、喋状を送りこちらにつくように工作している事。
「ふむ……西は、儂の絵通りというところか……」
儂は、一人呟く。
ならば、南都に一押ししておくか……。
「倅達に伝えよ。『南都で待つゆえ、迎えに来い』とな」
儂は、山伏に言うと山伏はすっと立ち上がり、足早に儂の前を去っていく。
儂がどこにいても、天下の事はすぐに伝えられる。
坂東では、思った通り火の手が上がったらしい。
あの山猿や女狐は、こと戦になれば自分でかたを付けたがるからな……そこが、狙いであり隙よ。
坂東を片付けて、取って返して上洛など、まずできまい。
「半年よりも、もっと時間ができそうじゃな……」
儂は、南都に向かいながら青空を見上げる。
南都――。
興福寺の宿坊に立ち寄った儂を、僧兵どもが睨み付ける。
まぁ、南都は自主独立、尊皇の気風が強いからな……儂のような武家を一段低くみておる。
「いかなる用件で……」
宿坊で、儂は貫主と対面する。上から物をいわれるのも馴れておる。
「喋状……ご覧になられたか?」
儂は、あえて対等な話し方をする。
「無礼者!」
貫主の脇で控えている僧が、儂を一喝する。
貫主が、よい……と言って、手で制する。
「此度、我ら源氏を二つに割る争い……まず、お詫びする。しかし、我ら新宮・熊野衆が挙兵したのも、ひとえに尊皇の思いにて……」
儂は、ひれ伏しながら言う。
「ふむ……しかし、後白河院を弑し奉ったのが、木曽殿とは……信じられぬ。噂は噂でしかないのでなぁ」
貫主が、おっとりと答えながら儂を見ている。
「騙されてはなりません!」
儂は、顔をあげて叫ぶ。
貫主が、ほぅ……という顔を見せる。
「院を弑逆し、自らの思い通りになる『北陸宮』を……今上を立てたのがなによりの証。このままでは、南都も北嶺も……木曽の山猿に壊滅させられましょう」
儂は、熱弁を振るう。
「我らを潰す……根拠は?」
貫主が、じっと儂を見る。
「朝廷を手に入れた今……あと思い通りにならないのは……『南都・北嶺』だけ……滅ぶのを座して待つおつもりか?」
儂は、心配そうな顔をする。
「ふむ……木曽殿が、南都を潰そうとしているならば……抗うがの」
貫主が少し不安そうな表情を見せる。
「なれば、我らと共に挙兵っていただきたい。坂東でも、尊皇の志を持った武士が、『木曽許すまじ』と挙兵し、今、南都の皆の力を我ら新宮党と合わせ、畿内を固めれば……」
儂は、自分の書いた絵を貫主に説明する。
「ふむ……一つ確かめるが」
貫主が、儂に尋ねる。儂は、鷹揚に構える。
「此度の新宮党達の挙兵……私利私欲の欠片もなく、只々『尊皇』の為なのだな?」
貫主の問いに、儂はゆっくりと頷く。
貫主との会見の後しばらくして、南都の僧兵が挙兵すると儂に伝えてきた。
「ふん……儂の弁舌に敵はおらんわ」
儂は、宿坊の蔀戸から外を見ながら呟く。
「さて……これで、京への道は一つ確保した。讃岐の平家を煽っておくか」
儂は、さらさらと書状を認める。
「行家殿……」
僧兵が外から呼び掛ける。
「何かな?」
儂は書状をしまいながら答える。
「ご子息、行頼殿が来着されたが……」
僧兵は儂に告げる。
儂は、行頼を部屋に招く。
「父上……ご無事で。しかし、よく『南都』を落とせましたなぁ」
行頼が感心しながら言う。
「馬鹿者!誤解を招く言い方をするな!まぁ、儂の弁舌は天下一じゃからな」
軽く息子をたしなめた後、にやりと笑う。
「兄上や主だった者達が、待っております」
行頼の言葉に、儂は力強く頷く。
「ふん……山猿。やって来れるものなら来てみよ」
儂は、東の空に向けて言い放った。




