風雲《越前平家》
またまた、短くてすみません。
この段は、維盛主観で描いています。
私は、文机で書状を認めながら溜め息をつく。
「全く……名の付け方を誤ったな」
蔀戸から見える景色に向けて……
私が、木曽どの宛の書状を認めて、使者に託そうとしたら、夜叉姫め……ひったくるように書状を奪うと、いつ造ったのか朱糸縅の鎧を着て、木曽殿の元に行きおった。
「心配か?」
父・重盛がひょっこりと顔を出す。
「勿論、私の大切な娘ですから」
私は、また溜め息をつきながら父に尋ねる。
「朱糸縅の鎧………父上の手筈ですか?」
「どうしても……と、ねだられてなぁ。すまん」
父が微笑みながら言う。
「他に……何もしてないでしょうな?」
私は、じっと父上を見る。
「分かるか?」
父上が微笑む。私は、それを見てまた一つ溜め息をつく。
「さて……西国には、私が行くとして、他はどう動く?」
父上が真面目な顔をして私に尋ねる。
「父上自ら、西国へ?」
私が驚いた表情を浮かべるのを父上は、手で制する。
「言ったはずだ。『棟梁としてどっしりと構えていろ』と……。維盛が動けば、『平家棟梁』が動く事になる。一つ間違えばまた、『源平争乱』になりかねん」
「しかし……」
私は、じっと父上を見つめる。
「保元の乱で、父・清盛は……涙を飲んで、伯父・忠正を討った。いいか?源氏のように骨肉の争いをしてはならん。我ら平家が、一時とはいえ、栄華を極めたのは何故か?保元の乱の後、祖父・忠盛、父・清盛の元……一門が纏まったからだ」
父上は、近習に茶を用意するように告げる。
「年齢を考えなされ!」
私は、つい叫んでしまう。
「西方浄土に旅立つ前に……今一度、産まれ育った地を見たい……許してくれ」
すっと、頭を下げる父上に、私は何も言えなくなった。
私は、また溜め息をつく。
「ならば……西国、知章らの事は、父上にお任せします」
私がそう確認するように言うと、父上は少し寂しそうな顔をする。
「伊勢には……弟達を向かわせます。どさくさに紛れて、源氏に父祖の地を荒らされてはかないませんから」
私の言葉に、父上は頷く。
「池殿、建礼門院様には、此度の知章らの挙兵を詫びつつ、朝敵の謗りを受けぬように、朝廷に口添えを頼みます」
父上は、私の動きの説明に頷きつつ、
「一人……忘れておる」
と告げる。
はて………?と私が首を捻る。
「忠度だ……」
父上は、ぽつりと呟く。
「忠度伯父上……『源平争乱』の後、出家したと」
私は、父上を見つめる。
「忠度は、確かに出家してはいるが、忠度のもう一つの顔を維盛が知らぬ訳でもあるまい?」
父上がにやりと笑う。
「はぁ……和歌に関しては、一門随一とか……」
私がそう答えると、
「和歌の繋がりで、建礼門院様や池殿を助ける」
父上がそう言って私を見る。
なるほど……私は少し考えた後、膝を叩く。
建礼門院様や池殿は、平家の出。実家の事を口添えするのは、当然と思われ、角が立つかもしれん。だが、忠度殿から密かに和歌仲間に口添えを依頼すれば……
父上が頼もしそうに私を見て微笑む。
それから、私は次々に書状を書いては、使者を送り出した。
弟達は、伊勢に旅立つ前に私に会いにきた。
「兄上、私達が支える……兄上が『平家の為に死ね』といえば、喜んで死地に行く」
弟達が声を揃える。
「馬鹿者!必ず生きて帰ってこい!『平家の棟梁』としてきつく命じる!」
私は、つい声を荒げる。
「まぁ、そう怒るな……気概を言ったまでなのだから」
鎧姿の父上が私の前に現れる。
弟達が父上に礼をする。
「私も……今日、西国に往く……後は頼む」
父上が私に告げる。
「ご無事のお戻りを」
私は、ぽつりと言う。
「夜叉姫の婿を見るまで西方浄土には行かん。例え……誰が呼んだとしてもな」
父上が明るく笑い、部屋を出ていく。弟達も私に明るく微笑みながら続く。
私は、父や弟達の率いる軍をいつまでも、館の門から見送った。




