風雲《木曽》
この段は、義仲視点で進みます。
「兵の集まり具合はどうだ?」
俺は、強行軍で本拠の依田城に戻り、広間にどかりと腰を降ろしながら近習に尋ねる。
「少なくとも、私や兄上の手勢は動けますよ。義仲様」
にこりと笑いながら、広間に現れたのは義経、全成、義円。
「いいのか?俺は行家と絶縁を宣言したが、お主達は……」
俺が不安を口にする。
彼らは、俺の前に座ると全成が、一枚の紙を差し出す。
近習がそれを受けとり、俺に渡す。
紙を開くと、牛王誓紙《別名・熊野誓紙》だった。
「巴御前から、話は聞きました。大姫が行家伯父上追討を宣言したと……ならば、頼朝兄上の遺児の命は、即ち頼朝兄上の命」
全成が俺に頭を下げる。
「我ら三人……平氏追討より今日まで、義仲様に多大な恩を受けております。ここで報いねば『恩知らず』と謗られます」
義円も頭を下げる。
「なれど、策好きの行家の事……いらぬ噂を立てられては迷惑千万」
義経も頭を下げる。
「我ら三人、義仲様を『源氏の棟梁』と仰ぎ、いかなる下知にも従う所存。かつ、行家との絶縁を表明するもの」
代表して、最後の言葉を全成が言う。
「頭を上げてくれ……俺は、髪の毛の先、露程もお主らを疑った事もないのに……いらぬ気を使わせたな……すまん」
俺は、少し瞳を潤ませながら謝る。
「お話は終わりましたか?」
正室の伊子と巴が、瓶子と杯を盆に乗せてやってくる。
「伯父上、お久しぶりです」
「お元気そうですね」
義高、義重が義円や全成、義経にきちんと挨拶し、並んで座る。
伊子と巴が、俺達男性全員の前に杯を置き、酒を注いでいく。
「全成らを義弟」
俺が杯を上げる。
「義仲様を『源氏の棟梁』、義兄と敬い」
全成達が杯を上げる。
「父上、伯父上に孝を尽くす」
義高、義重が両手で杯を捧げ持つ。
「天神地祇に誓う!」
俺達が声を合わせて言い、酒を飲み干す。
兼平が、広間にやって来て、甲斐の武田、諏訪党の来着を告げる。
「義高、義重」
俺は、二人の方を向く。二人が返事をする。
「お前達に坂東を任せる。上野からぐるっと坂東を一回りしてこい。義経、巴……二人を頼む」
俺の命に義高達は、頭を下げる。
「私は、義仲様と共に行きます!」
巴が不満そうに言う。
「姫が伊豆山にいるのを忘れるな。少しでも近くにいてやれ」
「姫は、そんなに弱くありません」
と、巴が反論する。
「坂東が片付いたら、そのまま伊豆山にいて姫の婚儀の下準備をしておけ……この戦が終わったら、そうなるだろうからな」
俺は、ちらりと義高を見る。
「義重!」
義高が義重を睨む。
「俺は、余計な事は言ってない。ただ父上が、『義高と何処へ行っていた?』と聞かれるものだから、正直に答えたまで!」
義重が明るく答える。
「ならば、早々に坂東を鎮めなければなりませんね」
くすくすと、義経が笑う。
「志田の伯父上に、急使を出せ。坂東は、我ら源氏の地盤だ。余計な血は流したくない」
俺は、皆に告げる。
「兼平、中原の親父殿は?」
俺は、兼平に尋ねる。
「年甲斐もなく、『最後の奉公じゃ!』と言って張り切っております」
兼平は軽くため息をつく。
「ならば、親父殿に留守を頼むか」
俺は、巴を見て笑う。巴もにっこりと微笑み頷く。
「よし、ならば残りの者は、西に向かう。信濃から美濃・近江を経て京へ向かう!」
俺は、皆を見渡しながら告げる。
そこにいる皆が、返事をして頭を下げる。
「申し上げます。越前より平維盛、重盛殿の使者が、参られました。
近習が片膝を付いて俺に告げる。
一瞬、緊張が走り皆が近習を見つめる。
「通せ……」
俺は、近習にゆっくりと答える。
「それが……使者は女性なのですが……」
と、戸惑うが、俺は構わないと告げる。
やがて、やって来たのは……凛とした姿をし朱糸縅の鎧に身を固めた姫だった。




