重盛の想い
大変遅くなり申し訳ありません。
この段は、平重盛目線で進みます。
越前…冬は寒いし雪が京の何倍も降るが、新鮮な魚や大陸からの珍しい食べ物が手に入る。
巴殿に治療してもらわなければ、こうして孫達の顔を見ることなく西方浄土に旅立っていただろう。
もう私も五十路に足を踏み入れて何年か立つ。
息子の維盛も平家棟梁として随分しっかりしてきた。あとは、悠々自適の生活をして、西方浄土に旅立つ日を待つとしよう。
平家は、源平の争乱の後、三つに別れた。
一つは、池殿。平頼盛殿の系統。
一つは、讃岐に入った宗盛達。
そして、我々。
元々、池殿と私の父の清盛はそりが合わなかった事もあって、独自色が強い。
源平の争乱の折りも、巴殿への恩返しの為に京に残り、神器の保護を買って出ている。
まぁ、その後、私の下に付く気も宗盛の下に付く気もないとはっきり宣言された。
武家としての平家より公卿としての平家として生きる道を選ぶとも言っていたが…
池殿との関係は悪くはない。実際、折に触れて贈り物をしたり京から池殿の縁者や池殿自身が越前に来ることもある。
讃岐の宗盛達も、争乱の後、私達を宗家として認め大人しくしている。
穏やかな時代ならば宗盛のような棟梁でよかったであろう。
平家を今のように三つに割らなくても済んだかもしれない。
だが、宗盛は優しすぎた。武士としての平家を率いるには…
知盛のような知勇に優れた人物が棟梁として立っていたら、我々越前にいる平家はどうなっていたか…
何せ、知盛は父・清盛のお気に入りだったからな…恐らく、今の宗盛達のように越前一国に押し込められていただろう。いや、越前よりどこか遠国に飛ばされていただろう。
私は、平家の長子。源氏のように骨肉の争いをして勢力を落としたくはなかった。
父・清盛の想いも分かる。継母である二位尼殿の想いも…
だが、私にも妻子があった。郎党がいた。一門がいた。
その者達に辛い想いをさせるわけにはいかなかった。だからこそ、父や宗盛達と袂を別ったのだ。
「爺様、また考え事ですか?」
孫娘の夜叉姫が茶をもってくる。
「姫は誰に嫁ぐのかと思ってな」
私は、茶を受け取りながら微笑む。
「私は、嫁ぐ気はありません。木曽の巴様のように凛々しい女武者になりたいのです」
夜叉姫は、はっきりと言う。
「やれやれ…維盛は大人しいのに、何故このような気性の孫娘ができたのやら」
私はため息をつく。
「名は体を表すといいます…夜叉とは『鬼』ともいわれますから…」
夜叉姫がくすくすと笑う。
「だからといって、毎日遠駆けや長巻、弓の稽古に明け暮れなくてもよいではないか…もう少し『姫』らしく和歌や管弦の稽古くらい…」
私は孫娘に苦言を言う。
「嫌です!和歌や管弦など退屈です」
きっぱりと私に孫娘は言う。
私は、苦笑いを浮かべるしかない。
「父上…少しよろしいか?」
維盛が硬い表情を浮かべてやってくる。
「どうした?棟梁はお前だ。思うようにすればよかろう?」
私は、維盛にそう言いながら茶を啜る。
維盛は、夜叉姫に顔を向けて下がるように促す。
夜叉姫が下がった後、維盛が私に書状を差し出す。
私は、それを受け取り一読する。
「宗盛の愚か者が…あれだけ『木曽殿の強さ』を教え込めと言い聞かせたのに…」
私は書状を読み終えて呟く。
宗盛からの書状は、私への詫び状だった。
西国で、源行家の息子達が挙兵した噂はここにも届いている。だが、源氏同士の争いに我々が起つ理由も無い為、中立を決めていた。
「どうします…下手に動けば…」
維盛が私を見つめる。
「平家の事で、木曽殿の手を煩わすわけにはいかん。維盛、京と木曽殿に使者を出せ」
私は、そう告げる。
「どのような…?」
維盛は不安そうに私に尋ねる。
「木曽殿と京に対しては、維盛…お前が対応を考えろ。宗盛は私に任せろ。お前が出ていっては角が立つかもしれん…」
私は苦い顔をしながら言う。
「しかし…」
維盛が困惑する。
「いいか、平家の棟梁はお前だ。いつまでも私に頼るな。我々は、亡き清盛公に嫌われたかもしれん…だか、一時代を築いた忠盛・清盛の子孫としての誇りは捨てるな。武家としての平家の棟梁として…源氏と並ぶ武士のもう一つの旗頭として…棟梁としてきちんと振る舞え」
私は、維盛にきっぱりと言う。
維盛はまだ、不安そうな表情を浮かべている。
「心配するな…平家宗家の棟梁はお前だが、支えてくれる者達は多い。困ったら弟達を使え。お前と私の違いはそこだ」
私は維盛をじっとみながら諭すように言う。
「私は、一門を…お前達を護るのに一人だった。だが、お前には弟達がいる。武や知で弟達にかなわなくてもよい。お前がどっしりと構えていれば…それだけでいいのだ」
私は、維盛の頭に手を置く。
「父上…」
維盛が私を見つめる。
「弟達に劣る…悔しいかもしれん。だが、それよりも『武家の棟梁』として生きる方が大事なのだ…分かるな?」
私は維盛を抱きしめる。
「では、維盛。棟梁として、木曽殿と讃岐にどう対応するか聞かせてくれ」
私は、居住まいを正して尋ねる。
「木曽殿には、『讃岐平家挙兵を詫びつつ、手出し無用』と…」
維盛がじっと私を見ながら言う。私は黙って聞く。
「宗盛叔父上に対しては、詰問せず、只、挙兵した者達を我々が討つと…父上と私の連名をもって告げます」
「京に対しては?」
「建礼門院様、池殿等に書状を送ります」
維盛の言葉に私は頷く。
維盛が部屋を後にした後…
「爺様…お茶を」
孫娘が顔を出す。
「父上と何をお話しでした?先程、父上の表情を見たらお話の前と別人のような、自信に満ちた凛々しい感じが」
孫娘がくすっと笑う。
「娘から見て、今まで維盛は頼りなかったかな?」
私は茶を啜る。
「はい。どこか自信無げでした」
孫娘は、はっきりと言う。私は思わず苦笑する。
「そうか…だが、今は違って見えたわけだな?」
「昔、忠清の爺が話してくれた若い頃の重盛爺様みたいに思いました」
夜叉姫が嬉しそうに言う。
夜叉姫が下がって一人、部屋の蔀戸から外の景色を見る。
「あの世で、父や知盛達に謝らねばならんな…」
私は一人呟く。
今回の身内の始末は、私が前面に立つしかない。きちんと掃除を済ませてやらねば、維盛が苦しむ。
かつて、保元の乱の折りの父・清盛と叔父・忠正のような事を繰り返してはならん。
ならば、私が動けばいい。宗盛と私は兄弟。挙兵した者達は甥達になるが維盛が傷つくよりは…
私は、想いを固めると維盛の部屋へと向かっていった。




