凶刃
前半の舞台は、三島大社で大姫・義仲目線
後半は、下野国で範頼目線です
三島大社の宿坊で、三浦殿と土肥殿と面会し協力を取り付けた義仲父様は、彼らが下がった後、ほっと息を吐き表情を和らげます。
「義仲父様、そんなに緊張していたのですか?」
私は、くすっと笑いながら尋ねます。
「当たり前だ。三浦殿は相模、土肥殿は伊豆の有力武士団だ。頼朝殿と俺が争った為にいくばかは力を落としたが…」
義仲父様が私に説明します。
「そういった方々が姫の後ろ楯なのです」
巴母様が、私に言います。
「父上、ただ今戻りました」
義高兄様が部屋に入ってきます。
「おう、三浦殿と土肥殿への使いご苦労」
義仲父様が労います。
どたどたと慌てる足音が聞こえてきます。
「義仲様、一大事です!」
近習が戸の向こうで叫びます。
「入れ…」
義仲父様は、落ち着いた声で答えます。
近習が、部屋に入ってきます。顔が青ざめています。
「どうした?何があった?」
義仲父様が報告を促します。近習は、私や尼母様がいるのを見て少し躊躇います。
「構わん…」
義仲父様は再度促します。
「源範頼殿…下野にて…小山党に謀殺されました」
近習が頭を下げながら報告します。
「何ぃっ!」
義仲父様が叫びます。
「何が原因だ?」
部屋を変え、下野から命からがら逃げてきた範頼の郎党と前に俺は尋ねる。
「一言で言えば…逆恨みで…かつて、義仲様が下野制圧の折り小山党が敗北したのは、範頼様が木曽様に内応したからだと…さらに、最近、木曽様と範頼様が反目しているとの噂が下野国内で流れておりましたが、小山党は曲解し、範頼様と木曽様が反目している風を装い、下野国内の不満武士団をあぶりだそうとしていると…」
範頼の郎党は涙ながらに話す。
「つまり、疑心暗鬼になった小山が機先を制しようと範頼を…」
俺は悔しい思いを噛み締めながら言う。
「範頼を下野に行かせたのも、動くなと命じたのも…俺だ…範頼の仇を討たねばならん」
俺は、目を潤ませながら言う。
「元はと言えば、下野行きを勧めたのは行家様です」
範頼の郎党は恨みをこめた表情で言う。
「それは、俺も知っている…」
俺はぽつりと呟く。
【範頼の最期】
やはり、一時期を過ごした処とは、懐かしい。
下野にやってきて、しばらく経つが足利や小山が、私の入国を聞いてすぐに挨拶にやってきたのには、苦笑した。
妙な噂が流れている。
『範頼殿は、源氏嫡流を狙う為に下野にやってきた』
『義仲殿と争うために地盤を固めにきた』
等、人の口に戸は立てられぬというが、よくもまぁ思い付くものだ…
「小山殿、足利殿。今回、私が下野にやってきたのには巷で噂になっているような理由からではない。ましてや、私は義仲殿と『源氏の嫡流』を争う気もない」
私は、挨拶にやってきた小山殿、足利殿に告げる。
「しかし、その気がなければ、噂などたちますまい」
小山殿が私を探るような表情で尋ねる。
「いや、本当にそんな気はない。まぁ、強いて挙げるなら奥州への目付かな」
私は明るく笑う。
小山、足利の両氏は、やや納得しない顔をしているが私をこれ以上刺激するのはまずいと感じたのか、そのまま黙って帰っていく。
下野は、小山氏と足利氏によって統治されている。無論、義仲殿の意向に背けば討伐されるが…
小山氏は、勢力を削られたとはいえ、結城、長沼等の分家があり従う郎党も多い。
足利氏は、小山氏と下野を二分する程の勢力があるのだか、かつての源平の争乱時に平家寄りになったため討伐された。
まぁ、義仲殿がかつて下野を制圧に乗り出した理由もわからんではないが…
「殿…少し気になる話を耳にしました」
近習が、私に報告する。
「ん?」
私は、国府の館の自室でそれを聞く。
曰く、小山氏が、私の命を狙っている―。と…
「なぜ?私を殺したところで、小山殿には何の益もないだろう?」
私は、明るく笑う。
「いえ、それが…かつて義仲様が下野制圧戦の折り、小山党が敗北したのは、範頼様が義仲様に内応したためと…」
近習が不安げな表情を見せる。
「あの時は、同じ源氏で争う事を私が嫌ったからだし、事実義仲殿より内応の誘いもあった。だが、私が内応してもしなくても、結果は同じだっただろう」
私は、近習に言い聞かせる。
「さらに、これは噂ですが…範頼様を人身御供にして、下野の義仲様に対する不満分子をあぶり出すと…」
近習が声を潜める。
「それこそ、おかしな話だ。彼らに何の益もない。今度こそ義仲殿に根絶やしにされるのが解りきっているだろうに…」
私はため息をつく。
「とにかく、身辺にはお気を付けて…」
「そうやって疑いをかければ、彼らが暴発する。何もないように振る舞うのが一番安全だ」
私は、近習に微笑みながら言う。
ある日、小山殿から親睦を兼ねて巻き狩りはどうかと誘いがあった。
勢子等は小山殿が準備するのとの事。
私は、数名の供を連れて参加すると答える。
「範頼様、お気をつけて…」
近習が不安そうに私を見る。
「心配するな。心配ばかりしていると良いことまで悪く考えてしまうぞ」
私は明るく笑って、小山殿との巻き狩りの場所に向かう。
小山殿と合流し、巻き狩りを楽しみ酒宴となる。
「いや…小山殿。こうして親睦を深めていけば、巷で流れている噂などすぐに消えますな」
私は、酒を口にしながら言う。
「ほう…全てあらぬ噂と言われますか?」
小山殿が硬い表情で尋ねる。
「勿論!私がこの下野に来たのも、今流れている噂を消すためで、他意はない」
私は、真剣な表情で答える。
「そうですか…ですが、その言葉。信じられませんな」
小山殿が、立ち上がり右手を上げる。
陣幕が破られて、私の周囲を勢子をしていた武士達が取り囲む。
「何故?…信じられないのだ?」
私は、小山どのを見つめる。
「範頼殿…貴方がかつて小山を裏切ったからです。貴方のせいで私達一族の主だった者が死んだ。そのような者の言葉など最初から信じられるか!」
小山殿が私に叫ぶ。
「今回は、手が込んでいましたな…義仲殿と範頼殿の不仲。範頼殿が、こちらに来られる前から噂は流れていました。私達小山も一時範頼殿と共に、義仲殿に対して反旗を翻す気でいました。が…貴方は動こうともせず、ただ国府で政務をとるばかり」
小山殿が残念そうな表情を浮かべます。
「だからといって、今、私を討っても何の益もないだろう?」
私は冷静に尋ねます。
「いや…範頼殿は知らないかもしれないが、坂東で『反義仲』の火の手が上がる」
小山殿がにやりと笑う。
「そんな馬鹿な…誰がいる?」
私は首を捻る。
「一族の仇を挙兵の生け贄にできるとは、幸先がいい」
小山殿がにやりと笑い、私の問いに答えずに勢子に命令を下す。
私は、全身に痛みを感じた刹那、視界が真っ暗なった。
父・義朝の顔が浮かんだのは気のせいだろうか…
というわけで、範頼君は暗殺されました。




