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過去との訣別

義仲父様の隣に、巴母様が座ります。

「政子殿。頼朝殿を敗死させた事…改めてお詫びする」

義仲父様が、丁寧に頭を尼母様に下げます。巴母様もそれに倣います。

「義仲殿、巴殿…良いのです。男子たるもの天下に名を馳せるのが夢というもの。また、妻たる者は、夫の夢を叶える為に支えるのが使命でもあります。義仲殿も巴殿も、お互い良き伴侶を得て、お互いが使命を果たした結果です。私に、頼朝様の夢を叶えて差し上げるだけの力かなかったまでの事」

尼母様は、にっこりと微笑み悟ったような口調で話します。

「しかし…政子殿に長く苦しみと悲しみを与えたのには、変わりはない」

義仲父様が、俯きます。

「いえ…こうして姫とも再会し、母子の名乗りもできました。神仏の加護のお陰です。会えた事で、今までの悲しみや苦しみなと忘れてしまいました」

尼母様は、私に微笑みながら義仲父様に言います。

「義仲父様、お願いがあります」

私は、きちんと手をついて言います。

「ん、何だ?」

義仲父様が私を見ます。

「私は尼母様と信濃で暮らしたいのです。ですが、尼母様は仏門に入られた方。また、亡き頼朝父上や母様の実家、北条家一族の冥福を祈りながら暮らしたいと…できれば、松本の屋敷の近くに寺院を建ててくれませんか?」

私は、真剣な眼差しで義仲父様を見ます。

「何だ…そんな事か?姫の望みなら叶えてやる。それが『親』というものだ。政子殿、頼朝殿や北条家だけでなく今まで、我ら源氏の為に戦い、命を落とした者達の冥福も一緒に祈ってやってくれないだろうか?」

義仲父様は、私に顔をあげるように言った後、そう尼母様に頼みます。

「もちろん、そうさせて頂きたいと私が逆に頼みたいくらいです。それから、私は出家の身。『北条政子』の名は過去の物…これからは、安養院とお呼びください」

尼母様は、少し頭を下げながら言います。

「巴はなんとお呼びしている?」

義仲父様が巴母様に尋ねます。巴母様が尼御前様です、と答えます。

「では、俺もそれに倣うとしよう。よろしいか?」

義仲父様の問いに、尼母様は微笑みながら頷きます。

「ですが、義仲殿は『源氏の長者』。私の事を『様』などと呼んではなりません」

尼母様が少し困った顔をします。

「そうか…では、『尼御前殿』と呼びましょう。大切な姫の『産みの母』ですから」

義仲父様がばつがわるそうにしながら笑います。


「父上…表に…」

義重兄様が部屋にやってきて耳打ちします。

義仲父様の表情が硬くなります。

「どうかしましたか?」

尼母様が尋ねます。

「実は、表に土肥、三浦の武士が来ているのだが…もしや行家の策かもしれんと思うと」

義仲父様の表情が曇ります。

「分かりました…私と姫に任せていただけますか?」

尼母様が義仲父様に言います。義仲父様は、巴母様をちらりと見て巴母様が頷くと、

「お任せします」

とだけ答えたのです。


私と尼母様は、宿坊を出て表にいる武士達に会います。

「これは…『御台様』一別以来…お懐かしゅう」

やや年老いた大鎧を着けた武将が言います。

「土肥殿…お久しぶりですね。ここにはどのようなご用で?」

尼母様が微笑みながら尋ねます。

「いや…先日、木曽殿の子息、義高殿が来られて…」

土肥殿は、尼母様に事情を話します。

「姫…頼朝父上と共に起ってくれた、土肥殿と三浦殿です」

尼母様が紹介してくれます。

「亡き頼朝父上と共に起って頂いた事、厚くお礼します」

私は丁寧に頭を下げます。

「おぉ…あの時の姫ですか?美しくなられました。頼朝様は、姫様が産まれて私達に披露した時、『私の目にかなう者の元にしか姫はやらん!』と真剣な顔で言われたのがつい昨日のようです」

三浦殿が涙ぐみます。

「そうでしたなぁ…あの時の頼朝様の顔は恐ろしいものでした」

土肥殿が、懐かしみます。

「産まれて間もない私の為に…」

私は胸が熱くなります。

「我ら、土肥・三浦党。頼朝様の血を引き、『源氏嫡流』の木曽様の姫となられた大姫様に忠誠を誓う為に参りました」

土肥殿が代表して言い頭を下げます。


「一つ私からお願いがあります」

私は、土肥殿達に顔を上げてもらいながら言います。

「私に忠誠を誓うのではなく…義仲父様にその思いを向けて下さい」

私は皆さんを見渡しながら言います。

少し、皆さんがざわつきます。

「三浦殿、土肥殿…頼朝様は義仲様に討たれました。ですが、平家追討がなり、源氏の下、東国は平穏。皆が笑い何の憂いもなく暮らしています。これが頼朝様が望んだ事なのです。義仲様は頼朝様の思いを実現してくれました。ですから、頼朝様に向け、姫に向ける忠誠をどうか義仲様に向けて下さい」

尼母様が、はっきりとした口調で言います。

「なるほど…頼朝様の思いを実現してくれたのは、木曽殿か…」

三浦殿が頷きます。

「ならば、頼朝様や姫様に忠誠を誓う事は、木曽殿に誓う事と同じ」

土肥殿も頷きます。

「では、三浦殿、土肥殿。義仲父様の所に案内させていただきますね」

私はにっこりと笑って二人を義仲父様の所へ案内して引き合わせます。

義仲父様は、三浦殿や土肥殿に過去の出来事を詫び、改めて源氏の為に力を貸してくれるように頼んだのです。




次回は、少し時系列を戻します。

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