再度の栄華を夢見て…
今回は、少し視点を変えてみました。
この段の主観は、平知盛の子『平知章』です。
讃岐国…
伯父、平宗盛が国守となって久しい。
私は、伯父上から屋敷を与えられ、母や弟の知忠や
父・知盛の残してくれた郎党と暮らしている。
平知盛…かつて、私の祖父、平清盛をして『最愛の息子』と言わしめ、平家一門指折りの将にして、『新中納言』と周囲に称された人物。
今でも、父との別れの日を思い出す。
「父上、私も元服を済ませました。是非一緒に連れて行ってください」
私は、鎧を着て悲壮な覚悟をしている父に迫る。
「ならん!」
父は、一言厳しい口調で私に告げる。
「何故です?足手まといになるとでも?」
私は、じっと父を見る。
「いいか…知章。今度の戦が、源氏との雌雄を決するものになるだろう。勝てればよいが、負ければ俺はここには、帰ってくるまい。その時、母や幼い知忠を誰が護る?誰が我ら一門を支える?分かるな?」
父は、私の肩に手を置き目をじっと見つめる。
「父上…」
私は、目を潤ませながら父の顔を見る。
「郎党も大半を残していく…後は頼む」
優しく微笑み、父は私の頭を撫でて出陣していく。
水島の戦いで、木曽義仲率いる源氏に敗れた、我々一門は、討ち取られるかあるいは海に沈んだ…
教盛殿、通盛殿、重衡殿、教経殿…そして、父も。
生き残った郎党によれば、奮戦空しく敵の船に囲まれ。捕虜になるのを潔しとせず、乳兄弟の平家長と手を取り合って海に沈んだそうだ。
一門の『武』を預かる父達がいなくなった事で、宗盛伯父上は、あっさりと降伏を選んだ。
やがて、越前から平重盛と維盛が、ここ讃岐に乗り込んできた。
宗盛伯父上は、唯々諾々と重盛親子の言うことを受け入れた。
「何のために、父や重衡伯父上は死んだのだ…」
私は、宗盛伯父上の態度を横目でみながら呟き、悩む。
私は、事あるごとに宗盛伯父上に再起を迫る。
だが、伯父上はそんな気はないとばかりに、覇気のない顔をしながら、私を煙たがる。
肉親ゆえに屋敷だけ私に与えてくれているわけだが…
こんな凡庸で、覇気のない人間を護るため、父や重衡伯父上は死んでいったのか…
そう思うと宗盛伯父上に対して反発心が芽生え、父の無念を嘆く。
「もう、伯父上はあてにならん。それなら…」
私は、私のように父や兄弟を亡くした一門に会い、独自の勢力を作ることに決めた。
父と宗盛伯父上の産まれる順序が逆ならば…
心の中で、そう思いながら一門を順に訪れ、自分の思いを吐露し説いて回る。
都落ちの悔しさ、重盛一門への憎悪、源氏への復讐、宗盛伯父上への失望…
そして、教盛殿、経盛殿の一門を取り込む事ができた。
ある日、私は業盛殿を屋敷に招いた。
「兵を挙げれば、重盛に潰されるぞ。どうする?」
業盛殿が、私に尋ねる。
「実は、京にいる建礼門院様や歌人として名を上げはじめた忠度殿からの書状に面白い事が書いてありました」
私は、酒を業盛殿に注ぐ。
業盛殿が、酒を口にしながら先を促す。
「後白河院を物の怪に見せかけて、木曽義仲が弑逆したという噂が京で流れているらしいのです」
私は、業盛殿から注がれた酒に口をつける。
ほう…という表情で、業盛殿が私を見る。
「その噂の為に、かつての院に近かった者や朝廷で傍流に追いやられた方々が騒ぎはじめていると…もしかしたら、かつて我ら平氏と源氏の争いの発端となった、以仁王の挙兵のような事が起こるかもしれません」
くすっと私は笑う。
「だが、起きなければ?」
業盛殿が心配そうに私を見る。
「いえ、何かは起こるでしょう…でなければ、今更そのような噂が立つ理由が見当たりません」
私は、酒を飲み干す。
ある日、私の屋敷に一人の山伏が現れ、書状が渡された。
素性を尋ねれば、源行家の息子、光家の手の者らしい。
書状を読んで、私は驚いた。
「木曽義仲を討つ為に、力を貸して欲しいと?」
私は、山伏に冷静な表情で尋ねる。
山伏は、静かに頷く。
「それは、おかしい。木曽と行家殿は、同じ源氏。同族争いに我ら平家を巻き込むつもりか?それに我らが立てば、小松殿一門が黙っていないだろう」
私は、じろりと山伏を見る。
山伏は、実は…と話し始める。
「ふむ…朝廷からそのような話が行家殿の元にあったのか。こちらでも調べてみよう。その話が本当であるなら…義仲は、追討される立場になる。その時は、協力する事もやぶさかではない」
と、とりあえず私は答えて山伏を帰す。
私は密かに、京と紀伊に人を出す。
事の真偽を確かめる為に…
朝廷の方は確証を得られなかったが、紀伊からの情報では、密かに挙兵の準備が進んでいるとの事だ。
「業盛殿、ここは、行家の策に乗りましょう。彼らも背後に敵がいては存分に闘えないでしょうから」
私は、そう切り出す。
「乗ってどうする?」
業盛殿が私を食い入るように見る。
「要は、兵を挙げる理由がいるのです。宗盛伯父上など放っておけばいい。兵を挙げたら、淡路へ…行家の旗色がよければ、播磨、摂津、そして京へ。悪ければ紀伊へ進んで…」
私は、策を告げる。
「源氏の動きしだいで、どうとでもなるわけか…重盛はどうする?」
業盛殿が腕組みしながら呟きます。
「阿波の田口などに声をかけましょう。こちらは、あくまで兵を挙げてからは、ゆっくりと…源氏の争いにわが一門の力を貸してやる義理はありませんから。重盛には、理由は何とでもつきます」
くすっと、私は笑う。
どう転んでも、私達讃岐の平家には痛手はないはず…むしろ再び、平家の栄華を甦らせる足掛かりになる。
行家の旗色がよければ、重盛に対抗する勢力を築ける。そうなれば、今までの冷遇に一矢報える。
悪ければ、そのまま行家追討と称して、紀伊へ向かう。
数日後…私は、紀伊へ人をやる。
『挙兵に応じる』との返事を持たせて…
卑怯と罵られてもいい。かつての繁栄が取り戻せるなら…




