幕間【木曽義仲】
済みません…本編再開の予定でしたが、どうしても書きたくなったので。
この段は、義仲主観です。
「行家伯父上も、余計な事を…」
俺は、一人苦虫を噛み潰した表情をしながら『正室』伊子の部屋に入る。
伊子に酒の用意を命じながら、巴や大姫の事を思う。
「義仲様…どうされました?姫の裳着は盛大だったのでしょう?」
伊子が、俺に杯を勧め酒を注ぐ。
「ん…裳着の祝いは良かったのだがな」
俺は酒を飲み干す。
「何かありましたか?」
伊子は、俺を心配そうに見つめる。
伊子は、万事控えめで『正室』という肩書きを驕らず、巴や他の側女達を立てている。そのため、皆仲がいい。特に、巴とは馬が合うらしい。今日も出るべきでないと控えてくれた。
「ん…行家伯父上がな」
俺の言葉に、伊子はさもありなんといった表情を見せる。
「巴様に何か仰ったのですか?行家殿の事です。きっと巴様を傷つけるような事を言ったのでしょう…私も何度か行家殿とはお会いしていますが、自分の才を鼻にかけ、他人を見下す…そんな方だと感じております」
伊子は、少し怒りを込めている。
「ん…まぁ、そんなところだ」
俺は、生返事をしながら酒を飲み続ける。
「巴が倒れただとぉ!」
翌日、知らせに来た侍女の小百合に向かって俺は叫ぶ。
「姫は…姫はどうしている?」
俺は、巴の事も気がかりだが、一番傷ついたであろう『大姫』の事が心配になり、屋敷にいるであろう姫を呼びにいかせる。
「松本に帰っただと?誰にも告げずにか?」
姫がいないと分かり調べさせた結果を告げにきた近習に、俺は尋ねる。
「父上、俺が行って連れ戻します」
屋敷の様子を不審に思った義重が部屋にやって来て言う。
「まぁ待て。今回の事…何か事情がありますね?でなければ、あの気丈な巴御前が倒れ、姫が断りもなく松本に帰るはずがないですから」
義高も部屋にやってきて俺に尋ねる。
俺は、二人に大姫の出自について話す。
「あの馬鹿…」
義重がぽつりと呟いて立ち上がり部屋を飛び出す。
「待て、義重!ここは私と義重にお任せを…いいですか?」
義高が俺に尋ねる。
「任せる…」
俺はそれしか言えなかった。
悪い事は続くものだ…おそらく京からだろうが、俺が後白河院を弑逆したと噂になっている。
諸国の武士達から、問い合わせの書状や使者がひっきりなしだ。
俺は、中原の親父殿や乳兄弟を使者に立てて事態の収集に忙しい。巴を見舞ってやりたいし、姫の事も気がかりだ…義高の話では随分塞ぎ込んでいるらしい。
噂話が一段落ついた頃、大姫から文が届く。
忙しい俺を気遣い、俺を傷つけてしまった事を詫びる内容だった。
俺は、姫に返事を書く。
『気にする事はない。俺は今でも姫を本当の『娘』だとおもっているし、また一からやり直せばいい』と…
そんな文のやり取りを続けていたが、ある日、姫から驚く報せが…
『産みの母に会いに伊豆に行く』と…
俺は、迷った。ここで止めたら、姫は傷つく。かといって、『産みの母』に頼まれて敵討ちなどされたくもない…
そんな時、巴が伊子と小百合に付き添われてやってきた。
「義仲様…姫の思うようにさせてあけてください」
巴が瞳を潤ませて俺に頭を下げる。
「しかし…」
俺が答えを渋ると巴は、
「頼朝殿を討ったのは、この私です。ですからもしもの時は私が贄になります」
巴が悲壮な表情で俺を見つめる。
「俺は…巴も姫も失いたくない。どうすればいい?」
俺はそう言いながら悩む。
「父上、私達が姫を止めます」
義高と義重かやってくる。少し思い詰めた顔をしながら…
俺は、巴の願いを聞き入れる。最悪の事態にならない事を祈りながら。
義高達が発って暫くして、遠江の範頼から使者がやってくる。
東国を中心に新たな嫌な噂が立っている事を気にして、範頼が下野に行き、武士団を落ち着けたいとのことだった。
正直、範頼は下野とは縁が深いからどうかと思ったが、使者は、ここだけの話と断って、全て話してくれた。
「行家伯父上…何がしたい」
俺は、そう呟いて範頼の下野行きを許可する。但し、何があっても動くなと充分に言い含めて…
義重が久し振りに館に帰ってきた。姫は無事に『産みの母』と対面でき、巴との関係も修復したようだ。
「父上、巴御前から文を預かりました」
義重が俺に手渡す。
俺は、それを読む。
「巴め…」
俺はにやりとしながら呟く。
「義重、俺も伊豆の三島に行く。夜を日に継ぐ強行軍だが付いてこれるか?」
俺の質問に義重は、愚問だという顔をしながら
「父上や巴御前、信濃の自然に鍛えられた俺ですよ?付いていけます」
と自信たっぷりに答える。
頼もしくなったと感心しながら、俺は伊子や近習に支度をさせる。
「伯父上…いや、源行家。もう許さん!」
俺は、怒りに震えながら義重と共に伊豆の三島に向けて馬を走らせる。
俺の大切な『木曽の家族』の絆を裂いた報い…きっちり受けるがいい!
次回こそ、本編再開です




