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葛藤

義高・義重様が、私を諌めてくれたお陰で、私はきちんと食べ、ゆっくり温泉に浸かって体の調子を取り戻していきました。

しかし、私の心は、僅かな光が射したとはいえ厚い雲に覆われたままです。

『兄』と慕っていた方達と本当の兄妹でなかった事。

『母』と慕っていた女性が、実父の仇であり『養母』である事。

『父』と慕っていた男性と実の親子ではなかった事。


私は、何も知らずに生きてきました。

『木曽義仲』と『巴御前』の間に生まれ、『源氏の嫡流』唯一の姫だと思っていました。

それが、全て虚構だったのです。

そう思うと、今までの振る舞いが滑稽で情けなくなります。

その反面、今まで義仲様を始めとする皆様から受けた恩を返さなければならないという思いもあります。

私は、どうしたら良いのでしょう…


義高様や義重様は、変わらずに私を『妹』として、あれこれと気遣ってくれます。

ですが、私は、それに完全に甘えてはいけないのです。

私の心のほんの片隅にある、『実父ちちの仇』という感情が私を押し止めます。

「はぁ…」

私は、ため息をつきます。

私が、巴様のように体か丈夫で、野山を走り回る事のできる体力や組打ちの心得でもあれば、こんな気分が吹き飛ぶまで体を動かしたでしょう。

『木曽の人達』を恩に思う心と仇に思う心…私の胸の中は、二つの心がいつもせめぎあっています。


「私は…籠の中の鳥ですね」

私は、ぽつりと呟きます。

松本という鳥籠の中で育てられた、小さな鳥…。私は今まで何をするにも、誰かの手助けがあったのです。

遊ぶにも、出掛けるにも…常に、義高様や義重様、巴様がいてくれました。

だけど、その方々を頼らないで何かをしようとしても、何も出来ないのです。

今、仮に内密に『本当の母』の事を知りたいと思っても、私にはその伝手がないのです。よしんば伝手があったとしても、義仲様や巴様に知られてしまうでしょう。

「本当の事など知らなければ…こんなに苦しい思いをせずにすんだのに…」

私は、自分の愚かさが可笑しくて嗤ってしまいます。

私は、悩み考え抜いた上で、ある結論を出しました。


「皐月…いますか?」

私は、部屋の戸を開けて呼び掛けます。

すぐに、皐月がやってきて私の前に控えます。

「姫様…何か?」

心配そうに皐月は私を見ます。

「皐月…よく聞いて下さい。『白装束』と『懐剣』を用意なさい」

私は淡々と言います。

「姫様!」

皐月が驚いて私にすがり付きます。

「私には二人の『親』がいます。どちらかに『孝』をたてれば、もう片方には『不孝』になります。ならば、この身をもって『不孝』を詫びなければなりません」

私は、諭すように皐月に言います。

「いいえ!姫様がなさろうとしている事は、いずれも『不孝』です!」

皐月が、瞳に強い光を宿しながら言います。

「なぜです?義仲様、巴様に『孝』を立てれば、亡き実父ちち頼朝の仇を討てず『不孝』、仇を討とうとすれば、義仲様、巴様に受けた恩を忘れた『不孝』ではないですか!」

私は、思わず声を荒げます。


「では、お聞きします…姫様。姫様が御自害なさったら、この世に生を授けてくださった『母様』に対して『不孝』ではありませんか?」

ゆっくりと扉を開けて、小百合かか様がやってきます。

「かか様…」

私は呟いて俯きます。

「姫様…お一人で辛いのは分かります。その辛さから逃げようと安易に『死』に逃げてはなりません」

小百合かか様が私を座らせると、話し続けます。

「実は…巴様から堅く口止めされていますが…、姫様が松本にお一人で帰られた後、巴様は義仲様のお屋敷で倒れられました。いつも気丈な巴様がです。お食事もあまり取られず、一日中臥せっておいでなのです。お休みになられれば、『大姫…許してください』とうわ言を言われ続けています」

小百合かか様が、涙を浮かべています。

「そんな時に、巴様が『姫様の御自害』を聞いたらどうなります?『産みの母様』が聞いたらどう思われます?お二人とも、ご自分を責め病に倒れ亡くなりましょう…分かりますか?今、姫様が皐月に用意させ成そうとしたことは姫様の『二人の母様』に対して最大の『不孝』をする事なのです!」

小百合かか様が私の肩を掴んで私に言い聞かせるように言います。

「義仲様も、義高、義重様も根も葉もない噂のせいで、従っている武士の方々が浮き足だっていて、その対応で忙殺されて…巴様の事が心配なのですが、構っている暇もなく…こんな時こそ、姫様が巴様の支えになっていただきたいのです」

小百合かか様が私に頼み込みます。

「しかし…かか様…私はまだ、巴様にお会いする気持ちには…」

私は素直に小百合かか様に言います。

「ならば、ふみを書いてはいかがです?とりとめのない事でも構わないのです。姫様からの文なら巴様もきっと喜ばれます。そして、いつか姫様のお気持ちが落ち着いたら、お見舞いにいかれれば良いかと」

小百合かか様がにっこりと笑います。

「文ですか…かか様、巴様に届けてくれますか?」

私が尋ねると、小百合かか様はお任せをとばかり大袈裟に胸を叩きます。

叩いた拍子に、咳き込みましたが…

「母様…大丈夫ですか?」

「かか様…大丈夫ですか?」

二人の『娘』が心配そうに見つめた後、微笑みます。


こうして、巴様と私の『文通』が始まったのです。




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