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助け

「ごちそーさま」


そう言って、ハロは少し乱雑に匙を置いた。


今日の日替わりは川魚の包み焼き。浮蓮亭の店主にしては珍しく、異国の色が薄い食事だった。その分、この辺りのドレイクやハロには親しみやすい。仄かに甘い風味のする香草と乳脂の残り香を楽しみ、水を一杯煽る。


「やっぱり、この辺りの人間の口に合わせた方が儲かるよね」


自分以外の客の姿が見えない店内を見渡して、ハロは笑う。その言葉に特に感慨も無さそうに店主は答える。


「どんな客にも美味しく食べてもらえればそれでいい」


店主のどことなく無欲な答えが面白くない。頬杖をつき、かちかちと爪を床に立てる。


店主の事はけして嫌いではない。怪我を負い、大して役にも立たないハロを黙って店に置いてくれるし、料理は美味しい。


だが、不気味だ。


簾で覆い隠した厨房も、そこから聞こえてくる掠れた声も、異様に多い料理の引き出しも。


ケイン曰く、店主はシノワの出身のようだ。東の最果てから何故こんな辺鄙な国にやって来たのか、興味は尽きないが……詮索は危険だ。


初めて浮蓮亭を訪れた時を思い出す。あの時、店主の声音からは殺意のようなものは一切感じられなかった。しかしあの刃の一撃は、明らかにハロの眼を狙っていた。


ハロの反射神経なら躱すことが出来ると踏んでいたのだろうか。だとしてもハロの力量を一瞬で見抜き、一片の迷いも無く脅しで刃を向けられる異常さを、ハロは訝しがる。


最初に「脛に傷ある」などと言って店主を揶揄ったが、今はそう軽々しく口に出来ない。脛の傷は一つや二つでは済まないような気がした。


異常といえば。


先程店を出て行った、ドレイクの少女の姿を思い出す。彼女もまた、ハロにとっては店主と同程度に理解不能な存在だ。それはけして、彼女の乏しい表情のせいばかりではない。


もう一人のドレイク……リシアはまだ理解出来る。誰かに頼りきりで隠し事ばかりしてうじうじ悩んでいる、そんなちょっと面倒臭い、どこにでもいる少女だ。


そんなリシアとつるむ理由が、アキラにあるとは思えない。


金が目的だろうか。だが最初に浮蓮亭で見かけた時、一度は報酬を全てリシアに渡そうとしていた。当時は考え無しのように見えたが……単に報酬には興味が無いのだろう。


売名は。それならもっとしっかりしている冒険者か学苑の生徒について行くはずだ。少なくともハロならそうする。


それなら何故。


そこまで考えて、ハロは溜息をつく。学苑でお小遣い稼ぎ程度に冒険者をやっているお嬢様がたの考えることなんて、ハロには理解が出来なくて当然だ。


そう行き着くと、無性に腹が立ってくる。くしゃくしゃと髪を乱し、席を立つ。


「どうした」


急に不機嫌になったハロに、店主はぶっきらぼうに聞く。散歩、と小さく言い捨てる。


「散歩はいいが、ちゃんと仕事は見つかってるのか」

「えー?まあ……」

「そろそろ体を慣らし始めないといけないんじゃないか」

「って、まだ怪我して一週間も経ってないよ」


ドレイク連中のような無茶を言い出した店主に背を向け、店を後にする。


ケインですら言わない小言を、何故店主に言われなければならないのか。それに、やろうと思えば金はいつでも稼げる。迷宮や冒険とは全く関係の無い仕事で、だが。


ムッとしたまま、ハロは麦星通りの方へ向かう。一度駅前に出て向かった方がわかりやすいので、いつも通り広場に足を踏み入れる。


進む先に人だかりが出来ている。広場の中央、駅入口付近に湧いている中々見ない規模のそれが視界の隅に入り、ハロの気を引いた。


喧騒に耳を傾け、立ち止まる。荒事の気配がした。見ている分には、そういった事は大好きだ。


周囲の囁きを聞く限り、学生同士のいざこざのようだ。より一層興味を惹かれる。学苑のお貴族様も、街の真ん中で恥も外聞も無く派手に暴れる事があるのだ。


人だかりが割れ、一人の少女が躍り出た。


その姿がついさっきまで浮蓮亭にいた少女と瓜二つで、ハロは目を見張る。


少女は進む先に立っていたハロの姿に気がつくと、立ち止まり、瞬き一つせずに見つめる。その姿がなんだか異様でハロは少し身を引いた。


先ほど出会った時とは、何かが違う。


軽口でも叩こうと思って、ハロが口を開く。しかし先手を取られた。アキラは瞬時に間合いを詰める。思わずハロは身構え、


「お願いします」


アキラの言葉と下げられた頭を見て、眉をひそめる。


お願いをされるような筋合いはない。特に、この娘には。


「バサルトさんの場所……救助依頼の出し方……いえ、私と、迷宮に行ってくれませんか」


逡巡の後に続いた言葉に、今度こそハロは訝しげな声を漏らす。


「リシアを助けたいんです」


そう言った少女の夜色の瞳には、怒りと狼狽と焦燥と……好奇心にも似た奇妙な光が宿っていた。

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