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変容

迷宮へと続く制服通りを、互いに言葉も交わさず歩く。


隣を歩くアルフォスがちらちらと目配せをして、何事言いたげな様子を見せる。


一方のリシアは、これからの事を考え込んでいた。セレスからの依頼はありがたいが、講師に良からぬ想像をさせてしまいそうだし、行動を共にするのがアルフォスだという点も不安だ。


それに、何よりも。このままアキラに何も話さないわけには行かない。


ため息をつく。


何故先ほど、逃げてしまったのだろう。絶好の機会だったはずだ。アルフォスの事を話して……


「もう一緒に迷宮に行かなくても良い」だなんて、彼女に言えるはずがない。


「リシア、これからどうするの?」


男子生徒の言葉で、ふと立ち戻る。不思議そうにこちらを見下ろすアルフォスに向き直り、肩に掛けた鞄を探った。


「今日やる事は、もう決めてる」


取り出した手帳を開き、課題の要点を記した頁を指差す。


「うわ、なんか……」


手帳を覗き込んで、アルフォスは目を瞬かせた。


「凄い細かく書かれてるね」

「今日はこの通りに進めて行こうと思ってる」


一晩教科書や講義の写しと首っ引きで考えた、課外活動の基本的な流れに昨日の依頼と今日新しくこなす課題を落とし込んだ計画書だ。


一つ目の項目を指差し、アルフォスにまずやるべき事を説明する。


「課題や依頼の選択なんだけど、班の状況を鑑みて、二人でもこなせそうなものを何件か選んでみた」


書類を何枚か鞄から取り出す。扇状に広げて、アルフォスに見せる。


「採集、駆除、調査の課題。右から第一通路で、第五通路まである」

「……」

「今日はまず、調査を中心に行おう。植生は終わっているから、今度は土壌調査とかどうかな。駆除や採集は調査を踏まえて、状況を確認してから行った方がいい。闇雲に依頼を受領しても、迷宮の状況がわからないと達成できないでしょ?」


班員の顔を見つめる。しばらく、アルフォスは差し出した書類を受け取ることもせず、困ったように頰をかいていた。


「えーと……うん、言ってることはわかるよ」


なんとも歯切れの悪い返答だった。


「でも、リシアには実力があるんだからさ。もっと大きな依頼をこなさない?」

「いいえ。この依頼が身の丈にあっている。私もあなたも」

「……先史遺物を仕留めたこともあるのに?」


驚きのあまり思わず、書類を掴む手に力が入る。冷静を装うように努めて、アルフォスの質問に問い返す。


「なんの話」

「さっき、シラー先輩達と話してただろ?」


先程の、中庭での出来事だ。


聞いていたのか。


「教えてくれてもいいじゃないか。そんな、凄いことしたなんて」


ウィンドミルを指差し、アルフォスは笑う。


「その剣も飾りじゃなかったんだね」


かっと頭に血が上り、否定の言葉も飛び出ず早足で進む。その後を、アルフォスがやはり困ったような顔をしてついてくる。


ひとまず「駅」構内で話し合う事にしよう。どこかの集会所や喫茶店に入ると、また変な依頼を持ってくるかもしれない。


聳え立つ「駅」の周囲、迷宮前広場に二人は至る。そこに見慣れた人物がいる事にリシアは気付いた。


華奢な異種族の少年はすぐさま対向のリシアに気付き、妙齢の婦人が絡めていた腕をそれとなく解いてあどけない笑みを浮かべた。


「ありがと。また色々教えてね」

「もうすっかり元気なのね」


別れを惜しむように、透し模様の手袋の指先がハロの頰を撫でる。

艶のある紅を引いた唇が、何事か呟いた。


「あー、ごめんね。そういうのどこから代表の耳に入るかわかんないからさ。それにまだ、本調子じゃないし」


ひらりと手を振り、飛び立つ小鳥のように軽やかにハロは婦人から離れる。歩んだ先に立っていたリシアに気付き、それまでの笑みを引っ込めて不機嫌そうな表情に変わった。


「……なーんかやな時に会うね。いつも」

「ほんと」


互いに鼻白んだ様子で言葉を交わす。ハロの大きな瞳がリシアの側に立つ男子生徒を映した。


「鞍替え?」


小馬鹿にしたようにハロは笑う。その発言があまりにも軽い調子だったので、リシアは一瞬面食らい、


「違う!」


思わず、大きな声を出してしまった。


ハルピュイアの少年は顔をしかめ、母国語で何事か呟いた。おそらく碌でもない意味だろう。


「アキラ以上にぼけっとしてそうな奴だけど……まあ二人で頑張ってね」


早々にリシアに興味を失ったように、ハロは立ち去る。去り際、リシアの背後で様子を見守っていたアルフォスに、悪戯っぽく笑みを見せた。


戸惑いながらもぎこちない笑顔を返すアルフォスを後に、リシアはハルピュイアの苦い言葉を思い返しながら駅に向かった。






冷たい露が滴る通路を、野帳を片手に歩く。


静かな第三通路を進む二人の間には、ただ沈黙だけが在った。


話し合いの末、リシアが提示した課題の中からアルフォスが選んだのは、第三通路の有用動物の調査だった。調査とは言っても、実際に動物を捕まえる必要はない。足跡のや糞といった生息の証拠を地図に落とし込んで提出すれば良いのだ。


第三通路の有用動物は毛皮を加工するネズミやイタチ、結石を薬用に用いるサビフキカエル……それに、ケラやイナゴの類。蟲は刺激をしないほうが良いが、無茶をしなければ極々簡単にこなせる課題だ。


そんな初歩的な課題を、アルフォスは黙々と行う。階段を降りてくるまでは不相応な課題について名残惜しそうに呟いていたが、次第に静かになってきた。


このまま何事も無く、報告書の作成まで進めば良いが。


リシアは計画表と野帳を見比べる。


そこでふと、昨日の出来事を思い出した。


「そういえば、アルフォス」


沈黙を破る。


野帳に硬筆を走らせていたアルフォスが、顔を上げた。


「何?」

「昨日のジリスはどうなったの?」

「ああ、給仕の子に渡したよ」

「報酬は?」


僅かに、アルフォスが口元を曲げた。


「……貰ったけど」

「じゃあ、後でそれも一緒に報告書を作成しましょう」

「報告書?」


男子生徒が笑う。突拍子も無い行いに、リシアは二の句が継げなくなる。


何がおかしいのだろうか。


「大袈裟だなあ」

「学苑への報告は基本でしょ。何が大袈裟なの」

「だって、お使いみたいなものだったじゃないか。店の給仕から頼まれた」


お使い。


そう言われて、リシアの腹の底に何か重い澱のようなものが溜まった。


「そんなに真面目にさ、講師の言う事を守らなくても良いと思うよ?もっとみんなのお願いを気軽に聞くような気持ちでやってもいいんじゃないかな」

「……お使いとか気軽とか、そんな気持ちだったの」

「あー……俺が言いたいのは、書類じゃなくてもっと依頼人との関係性を重視したいなってこと」


アルフォスが言わんとすることも理解できる。だがジリスの捕獲を「お使い」などと言われると、助力した……いや、「班の一員」のリシアとしては面白くない。


「依頼側としても、書類を何枚も出したり出されたりするよりもさ、気楽に頼みごとが出来る冒険者に依頼をする方が楽だし」

「ねえ。君と私は『第四十二班』なんだよ」


持論を展開するアルフォスの言葉を遮る。


「個人ならそういう方針でも誰も文句は言わないけど、勝手に契約書も無しに依頼を次々に受理して持って来られると、同じ班員が困るの」


堰を切ったように言葉が溢れ出す。


「昨日のジリスだって、君一人で捕まえたわけじゃないよね。班で捕まえたでしょ。班にいる以上、依頼は君一人だけのものじゃないんだよ。それなのに独断で依頼を受理して、それが当然の事みたいに……」


リシアはこめかみを押さえる。言いたい事はいっぱいある。それをどう、集約すれば良いのか。


「身勝手だよ」


静かな第三通路にその一言が響く。


ふと我に返って、リシアは向かいのアルフォスの顔を見つめる。


無表情、だった。何の感情も感じられないその顔に、一瞬リシアはたじろぐ。


「ふーん」


気の抜けた返事をしてアルフォスは頷く。野帳を小物入れにしまい、空いた手で頭をかく。


「リシアってさ」


自分自身に言い聞かせるような、小さな声でアルフォスは呟く。


「俺が思ってたような子じゃ、なかったんだね」


酷く暢気な、失望の言葉だった。


背筋を冷たいものが下りてきて、リシアは反射的に家宝の護拳に手をかける。


いつのまにか、ウィンドミルの炉が紅く熱していた。

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