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探り合い(3)

アルフォスと共に去っていったリシアの後ろ姿を、アキラは横目で見送る。


「なんだか初々しいわね」


会話の合間に去り行くリシアに気付いたのか、どこか羨ましそうな様子でセレスはため息混じりに呟く。しかしすぐに用件を思い出したようで、シラーに向き直った。


「先程の依頼の事だけど。貴方が居てくれた方が、そのエリス先生も信頼してくれるかしら」

「どうでしょう。仲介が居たところで駄目なものは駄目と言う人です」


ちらりと、セレスとの会話の合間にシラーは脇見をする。心ここに在らずといった様子のもう一人の後輩を一瞥して、薄い笑みを口元に浮かべる。


「気になる?」


囁きに似た声音に、アキラは僅かに身を引いた。シラーの取ってつけたような笑顔を見て、訝しむように眉をひそめる。


「なんだか寂しそうだね」


その言葉が、妙に冷たく響く。図星だ。シラーに勘付かれたのが殊更悔しい。


「……」

「ああ、気に障ったのなら謝るよ」

「結構です。別に、気にしてません」


以前の慇懃無礼な一面が僅かに滲んだ言葉を聞いて、アキラはぶっきら棒に言い捨てる。


セレスと話している時のシラーは、先日の事が嘘のように紳士的だ。思わず警戒を解いてしまいそうな程人当たりの良い振る舞いを目にして、アキラは神経を尖らせる。


不気味だ。


「ほんと。アキラったら、拗ねてるの?」


シラーの言葉をからかいと受け取ったのか、便乗するように令嬢はくすくすと笑う。


拗ねているわけではない。ただ……シラーが言った通り、少し寂しいのだ。


それと、ほんの少しの不安が片隅で引っかかっている。あのリシアと一緒に去っていった男子生徒。彼の笑顔からは、隣の上級生のそれと似たものを感じる。


だが一先ずはそれらを飲み込んで、アキラは少し目線を背けるだけに留めた。


「照れてる」

「そうなのかな?」


珍しいものを見たように満面の笑みを浮かべる令嬢と、彼女の言葉に首をかしげる上級生。訝しげなシラーを一瞥して、アキラは口を開く。


「早く職員室に行かないと、その先生帰っちゃうかも」

「そうね。えっと、エリス・アンナベルグ先生……だったかしら。可愛らしい名前ね」

「はは、それ本人の前では言わない方が良いと思いますよ」

「どうして?似合ってると思うけど」


令嬢の一言に堪えられなくなったように、シラーは忍び笑いを漏らす。しかしすぐに取り澄まして、アキラの方へ顔を向けた。


「君も一緒に?」


今更な言葉に一瞬虚を突かれ、アキラは口ごもった。


「……はい。セレス一人だと不安なので」

「やだ、私そんなに心配される覚えは無いわよ」

「ああ、それもそうなんだけど……その花を探す依頼。君もリシアについていくのかな」


アキラは返答に悩む。


本音を言えば、リシアと共に迷宮に行きたい。もっと色んな話を彼女から聞きたいし、様々な物を目にしたい。だがそれは、所詮アキラのわがままだ。


アキラを迷宮に誘うかどうかはリシアが決める事だ。そしておそらく、現在のリシアはアキラと迷宮に行くつもりは無い。


「……リシアが、行こうと言うのなら」


結局、そんな返答しか出来なかった。


「そうか」


アキラの苦し紛れの一言を分析するように、シラーは暫し間を置く。


唇の端が吊り上がった。


「今のリシアは、彼に夢中みたいだからね」

「あら、やっぱりそう思います?さっきも遠くに姿が見えただけで一目散に駆け寄っていって……なんだかとても可愛かったわ」

「彼女らしいというか。アルフォスの事を気にかけているんだね。でも、ちょっと心配だ」

「心配?」

「気にならない?二人のこと」

「……仲良くやれているようですし、私もあなたも口を出す必要は無いと思います」

「トモダチの君から見て、アルフォスはどんな人間に見える?」

「よく知らない相手のことをどうこう言えません」

「今のリシアに引っかかるところは」

「あの」


何が言いたい。


そう告げようとして、アキラは白熱した会話を交わす二人に熱視線を送るセレスに気付いた。


口元に右手を添え、セレスは微笑む。


「貴方達、結構仲が良いのね」


え、とアキラは小さく声を漏らす。むしろ険悪な雰囲気ではないのか。一方のシラーはといえば涼しい顔をして、


「アキラさんとは何度かお話をした事があるので」

「へー、そうなの」


シラーの言葉に令嬢はしたり顔をする。途端に、そそくさと迷宮科棟に向かって歩き出した。


「講師室の場所はわかっているから、私だけでも大丈夫そうね!何か問題があったら、後日アキラを通して貴方に相談するわ、シラー先輩」

「あれ、僕はついて行かなくても良いんですか」

「ええ!アキラも大丈夫よ。それじゃあ、また明日!ゆっくりお話ししてね」


そう告げて、アキラが弁解をする間も無く、令嬢は優雅に手を振り校舎へと早足で去っていった。


茫然とセレスの後ろ姿を見送るアキラの隣で、上級生が溜息をついた。


「慌ただしい人だなあ」


そう言って、以前と同じ……アキラにとっては見慣れた冷笑を浮かべる。


「良かったね。これで秘密の話が色々と出来る」

「秘密?」

「セレスタイン様には聞かれたくないんじゃないかな?リシアとの冒険の事は」


アキラは口をつぐむ。確かに、リシアに口止めをされている以上、詳しい迷宮の話をセレスの耳に入れるのは防ぎたい。


しかし一方に全貌が見えない。セレスを追い払ってまでシラーは何を話したいのだろうか。


「アルフォスについて、何か知っているかな」

「いえ……」

「何だかさっきまでの話だと、リシアの恋人か何かのように思っているみたいだったけど」


その一言に、アキラが驚いてしまう。シラーの言う通り、リシアの恋人だとばかり思っていたからだ。


「違うんですか」

「もしかして言われてないのか?アルフォスはリシアの班に新しく加入した……らしい、班員だよ」

「……」


その言葉が何を意味するのか。脳裏を過ぎった最悪の予感を振り払い、アキラは少しずつ言葉を呟く。


「そう、ですか。それは初めて知りました」

「まあ、リシアなら言わなさそうだとは思ったけどね……ああ、彼女を悪く言ってるんじゃないよ。ただ、君を悲しませたくなかったんじゃないかな」


それもどうかと思うけど。


そう吐き捨てて、シラーは仕切り直すように張り付いた笑みを作った。


「で、何が言いたいかというと。少し教えたい事があってさ」


シラーの口元が歪む。


「アルフォスは、結構な曲者だ」


アキラの頭のどこかで引っかかっていたものが、急に存在感を増した。


「曲者、というと」

「彼の評価は、僕もよく耳にする。結構有名なんだよ。新しく加入した班員が勝手に持ち込んだ依頼や課題をこなしていたら、全部横取りされたってね。何のことはない、そもそも班に加入なんてしていないんだ。依頼も課題も名義は全部アルフォスで、班には陶貨も点数も入らない」


そう言い並べて、シラーはため息をつく。


「講師も厳しく指導をしたみたいだけど、あれを更生させるのは骨が折れそうだね。そんなのにカモにされるなんて、リシアも不憫だ」

「……リシアには言ったんですか?それ」

「いや?」


涼しい顔をして上級生は肩をすくめた。


アキラの頰に僅かに赤みがさす。


「知っていながら、何故」

「いやいや、僕に怒りを向けるのは見当違いだ。もしかしたら彼の噂を知っていて、加入届の確認まで行なっているのかもしれない。そうすれば、まあまともな奴なら厄介ごとは起こせなくなる。基本、班活動は連帯責任だからね。それにしたって荒療治だけど」

「……」


弁解めいた発言をするシラーに背を向け、アキラはリシアが去っていった方向へ進む。


冷たい感触が、右の手首を覆った。


ぞくりとして、立ち竦む。


「リシアにアルフォスの事を告げるのか?」


笑っている。


そう直感して、アキラは身動きが取れなくなった。


立ち止まったアキラに、更にシラーは告げる。


「アルフォスがいなくなったら、彼女はまた一人になる。迷宮科で一人になるという事は、何を意味するのか」


何を、と問い返そうとして、突如過ぎった不安に言葉を呑む。


リシアと出会った時の言葉が、頭の中で木霊する。


一人で潜るつもり?


一人で潜るのは危険だから、


「単独で迷宮に入る事は、出来ない」

「……ああ、知ってたんだ」


特に感慨もなさそうに、上級生は淡々と告げる。


「活動が出来ないよりは、カモになってでも迷宮に潜るっていうのも……まあ選択としてはあるよね」


シラーの手を振り解く。


捲り上げたジャージの袖を下ろして、冷たい余韻と赤い跡が残る腕を隠す。


様々な感情が飽和していて、うまく整理出来ない。それはつまり、リシアは一人だったからアキラを、


「……いや、君もしかして今気付いたの?」


乾いた笑いが響いた。その声を振り切ろうとどこかへ向かおうとして……どこに向かえば良いのかわからず、根が張ったようにアキラはその場に立ち竦んだ。

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