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加入届

教室に引っ込み、鞄を抱えてアルフォスは周囲を見回した。六限目が終わって一旦講師室に戻ったのか、例の講師の姿はない。それでも注意を払って、退出する他の生徒に紛れて教室を抜け出した。


迷宮に関する講義を受け持つエリス氏は、アルフォスの天敵の一人だ。あの講師の前に立つと、体が竦んでしまう。五体も揃っていない元冒険者の癖に。


これから、リシアに会う用事がある。講師に捕まると都合が悪い。


廊下の窓から身を乗り出して、アルフォスは学苑の裏手に広がる雑木林へ向かう。一度裏門から出て、正門から再び構内に入れば流石に講師も気付かないだろう。


静かな雑木林を歩く。下校時刻の喧騒も、ここまでは届かない。


見つかるはずはない。


そう考えて、警戒を解き悠々と歩く。


センナリシイの大木の側を通り……不意に木の陰から現れた人物に気づいて足を止める。


アルフォスの進路を遮るように、講師は杖を突き立てた。


「講師室に来るように告げた筈だが」

「……そうでしたっけ?」


いつものように、アルフォスはへらへらと笑う。だが眉一つ動かさない講師の顔を見て、バツが悪い様子で笑顔を引っ込めた。


「えーっと、そうでしたね。用件はなんでしょう?今から課外を行うんですけど」

「加入届が出ていないようだが」


アルフォスの頭上から声が降る。威圧感が重くのしかかり、アルフォスの口答えを言う口を小さくさせる。


「かにゅーとどけ?エリス先生、俺はどこの班にも入るつもりはありませんよ」

「第四十二班の班長から、お前が加入するという報告を受けた」


講師の言葉を聞いて、アルフォスは小さくため息をつき……舌打ちをする。


「なんでわざわざそんな事言うのかな」

「正式に加入届を出すように言われているはずだ」


アルフォスに続き、講師もため息をつく。


「前の班でも、同じような問題を起こしていたな……どこにも属さないまま班を渡り歩くのはやめろ。不誠実だ」

「不誠実?」


講師の言葉に、アルフォスは首をかしげる。突拍子も無い言葉だ。理解が出来ない。


「俺はただ、自分のやり方を模索しているだけです。班や組合に囚われない冒険者だって、いるでしょう?」

「そういった冒険者は、一つの班に『居られない』冒険者だ。何故留まることが出来ないのか、その理由を考えた事はあるか」


静かな声音だった。アルフォスは黙って、続く講師の言葉を聞く。


「それに、特定の組合に所属していない冒険者はいざという時に……誰も頼ることが出来ない。そのような状況に陥りたくはないだろう」


講師の言葉に暫しアルフォスは沈黙し、小さく笑いを漏らした。


「いざという時には、班や組合も何も出来ないと思います。もしかして、エリス先生が心配しているのは保証の事ですか?保証と言ったって、その恩恵を受けるまでに色んな面倒ごとがあります。僕はそんな内輪のしがらみより……依頼者とのつながりを大切にしたい。それだけなんです」


そう一息に告げて、アルフォスは微笑んだ。生徒の笑顔に反して、講師は隻眼の眦を僅かに吊り上げる。


「その考えは、あまりにも短絡的だ」


それまでのどこか淡々としていた口調に、感情が薄く入り混じった。雰囲気が変わったことに気づいて、アルフォスは少し身構える。


「依頼者との繋がりは確かに重要だ。だがその繋がりは言わば、信頼だろう」


講師は生徒を見据える。


「班員や同業の信頼を得ることが出来ない者が、依頼者の信頼を得ることが出来るのか」


アルフォスの笑顔が消え、明らかな嫌悪が滲み出た。面白くないとでも言うように鼻を鳴らし、頭をかく。


「そっちも鼻から俺を信頼する気が無いようですけど」

「いいや、講師である以上生徒を信じたい。だからこそ」


講師は右手を差し出す。


「第四十二班の一員として活動するつもりなら、加入届を提出しろ。書類は目に見える信用だ」


まるで脅迫だ、とアルフォスは内心で呟く。班への正式な加入はアルフォスの方針……思惑とは違う。


だが講師の言葉、佇まいからは有無を言わせない迫力が滲み出ている。「とりあえず」この場を切り抜けるためにも、アルフォスが取るべき行動は一つだけだろう。


「……わかりました」


鞄を探り、無記名のままの加入届を取り出す。顔を上げると、講師が硬筆を差し出していた。


準備が良い。


乱雑な筆跡で記名し、アルフォスは加入届を講師に渡す。


「確かに受け取った」


瞬時に、だが隅々まで書類を確認した後、いつもの淡々とした声音で講師は告げた。


「課題をこなしたら、報告するように」

「わかっていますよ」


いつもの笑顔をかなぐり捨て、アルフォスは吐き捨てるように返答する。その返答を聞いて一先ずは「信頼」したのか、講師は杖をついて迷宮科棟へと去って行った。


残されたアルフォスはその後ろ姿を見つめ、小さく悪態をついた。


「くそっ」

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