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語らい

最後の小節を歌い上げ、満足げにリューは息をつく。聖女は微笑み、小さな拍手を送った。


「素敵」

「そう?ありがとう」

「以前よりも、声が澄み渡っていると思います……ごめんなさい、素人の感想なのだけれど」

「いいえ。参考になる」


マイカの言葉を何度も脳裏で反復する。今のリューを褒めてくれるのは、マイカぐらいだ。どんなに必死に歌っても欠点を見つけ出し、修正を強要する先生。ジオードで歌う事が決まってから距離を置くようになった部の同輩達。彼女達の前で歌っても身になる事は何一つとして無い。誰かの模倣を強いられ、真似事の歌声で評価されるのはもう沢山だ。


「この歌をジオードで?」

「ええ」


楽譜を手に取り、マイカは尋ねる。細い指が小節をなぞる。


「賛美歌……あの場所で歌うのに相応しい曲ですね」

「ジオードからの要望なの。エラキスでも良く知られている曲だから、どちらの来賓も楽しめるはず」

「リシアも歌っていたわ」


聖女は懐かしむように、目を細めた。


「とても綺麗だった」


その言葉が、少なからずリューの心を乱した。


グロッシュラー家とスフェーン家は親交が深いと聞いた事がある。その繋がりで、かつて二人の令嬢はそれなりに仲が良かったはずなのだ。


少し、避けられているの。


あの日の放課後、歌を披露した後に聖女はそう告げた。何らかの出来事があって、二人は互いに距離を置いているようだった。


スフェーン家のリシアは、昨年の建国節の折にジオードに招かれ、大晶洞で歌を奉じた。ジオードとその属国や同盟国から選ばれたただ一人の歌姫……リシアはその大役を務め、見事に歌いきった。


 そしてそれきり、彼女は歌の世界から姿を消した。


リシアの事は、ジオードに任じられる前からリューもよく知っていた。歌を嗜む貴族の子女の間では有名な名前だったからだ。彼女の歌も幾度か聴いたことがある。


いつだったか、紅榴宮で先代の王族の誕生祝いが行われたことがあった。その際に彼女の歌を聴いて……純粋な憧れを、抱いたのだ。あの時は。


今のリューにとってリシアは、憧れの対象ではない。まるで影のように付きまとい、リューへの評価に翳りを落とす。彼女さえいなければと心の奥底で思う事も少なからずあった。


「でもリューの澄んだ歌声も、素敵。大晶洞で響かせたら、素晴らしい歌になる筈よ」


それでもこうやって、リューの本来の歌声を賞賛してくれる者もいる。それが何よりも救いになった。


今のリューの救いは、マイカだ。


「……そろそろ、次の講義が始まってしまいますね」


花壇の日時計を一瞥して、マイカは長椅子から腰を上げた。その言葉に応じるようにリューも楽譜を閉じる。


「もしよろしければ、また歌を聞かせてくださいな」

「ええ」


聖女の言葉にリューは浮き足立つ。建国節までは時間もあまりないが、彼女と練習をしていたら「自分の歌」をより確立する事ができるだろう。


「また、よろしくね」


微かに笑う聖女にそう告げて、リューは普通科の校舎へと向かった。






「やっぱり、花も送ろうと思って」


「自然科学」の書架の間を、二人の少女が移ろう。短髪の令嬢は少し背伸びをして、背表紙に指をかけて本を一冊取り出す。


「……駄目だわ、博物画が全然ない」

「こっちは?」


背の高い少女が、一番下の段に並んでいた大判の本を取り上げて頁を開く。


多色刷りの博物画を見て、令嬢は目を輝かせる。


「良いかも!ちょっと借りていい?」

「うん」

「ありがとう」


ぺらぺらと令嬢は頁をめくり、淡い青紫色の花を指差す。


「睡蓮はどう?華やかだし、良い香りもするし」

「ちょっと大きすぎないかな」


少し考え込んで、少女は自身の意見を述べる。


「押し花にして贈るの?それとも、生花?」

「……それ、考えてなかったわ」


恥ずかしげに令嬢は目をそらした。


押し花にするのには時間もかかるし、素材の向き不向きもある。生花を使いに頼んでジオード周辺で買い付けて送る手段もあるが、セレスの趣向にはそぐわないだろう。


「小ぶりで、手紙に入れてもばらけずに紙を汚さない花なんて、あるかしら」

「花そのものを送るんじゃなくて、アサガオを叩いて染め付けるとか」

「絵画みたいで良いけど、今は時期じゃないし……」


考え込むセレスを見つめ、アキラは迷宮科の友人の事を思い出す。彼女なら、セレスの悩みに良い助言をしてくれるだろう。


一昨日の話を思い出す限り、今は何かと多用かもしれないが、時々は話もしたい。


「リシアに今度、聞いてみようかな」

「スフェーン家の?お父様のスフェーン卿も植物にご執心だけど、彼女も好きなのね」

「うん、すごく詳しい」


そうなの……と令嬢は顎に軽く指を添える。何か考え事をしている時の癖だ。


「ねえ、これも依頼になるかしら?」

「依頼?」

「ええ。贈り物に適した花を見繕ってもらうの。わがままを言えば、迷宮の花をね」


それは花屋の仕事なのでは、と一瞬アキラは考えたが、そもそも冒険者は多様な業務を担う職業なのだ。それに花を見繕うのも、言い換えてしまえば「植物採集」だろう。


「たまたま、手紙にリシアの事も書いたの。依頼の体裁を取れば、リシアの点にもなるだろうし……確か、迷宮科は依頼を受ける事で成績が決まるんでしょ?」

「うん、加味されるみたい」

「それじゃあ、リシアの為にもなるかもしれないって事」


満足気にセレスは微笑む。


「早速、手続きをしましょう。えっと、これって迷宮科の講師に頼むの?それとも、役所?」

「うーん……」


矢継ぎ早に問われるが、アキラには答えかねる。役所で取り扱っているのは「国の依頼」だと以前リシアやバサルトから聞いた事があるから、この場合適当なのは迷宮科の講師に聞いてみる事なのだろうか。


いやそれよりも、依頼を受けるかもしれない本人に、承諾か否か確認も併せて聞いてみるべきだ。


書架の合間から見える時計を確認して、アキラは本を受け取る。


「とりあえず、放課後にリシアに聞いてみる」


何かと忙しそうな彼女の手伝いを買って出る言葉を考えつつ、アキラはセレスと連れ立って図書館を後にした。

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