後出し(1)
第五通路に来るのは、アキラとキノコ狩りに来て以来か。
薄暗い通路に立ち、真新しい燭台に仄かに灯る明かりを見つめる。燭台が新しいのは、この通路が未踏破だからだ。攻略中の迷宮は、既に調べ尽くされている迷宮よりも環境整備がこまめに行われている。潜る頻度が高いのだから、当然だ。
だが往来が多い分、事故も多い。前回のボヤ騒ぎも火の始末を怠った冒険者の仕業だろう。そのお陰で依頼が達成出来たようなものだが。
未だ煤が残る横洞を覗き込む。小さなキノコが少し進んだところにひょっこりと生えていた。足を踏み入れて、もぎ取る。ハチノスタケだ。
「お!良いもの拾ったね!」
横からアルフォスが手を伸ばした。リシアはハチノスタケを渡す。
「第六班が集めきれなくて、依頼破棄したらしいね」
「そうなの?」
「まあ採集組がやった事だから、探索組は痛くも痒くも無いだろうけど」
そうは言っても、同じ班なのだから風評はあるのだろう。
シラーやデーナの顔を思い浮かべ、続いてフリーデルの顔が脳裏をよぎる。一人で迷宮に入り負傷した彼だが、今はどうしているのだろうか。
「生態系って事は、キノコも入るよね」
野帳を開き、アルフォスは何事か書き留める。
「よし、じゃあ次行こうか」
「待って。もう少しちゃんと調べよう」
少し進んだところでガラリと様相が変わるわけではないのだから、ここで詳細に調べておけば無駄に深部に進む事もない。
アルフォスを引き止め、リシアは横洞の奥を指差す。
「ハチノスタケ以外にも、焼け跡に生える菌類とかがあるかも」
「これって焼け跡に生えるんだ」
へえ、と特に感慨も無さそうにハチノスタケを提出用の袋に詰めるアルフォスに背を向け、リシアは周囲をくまなく観察する。
小指の先程の大きさの、目立った特徴もない茶色いキノコを見つけた。小さな傘を摘んで採取する。
「食べられそう」
「ダメだよ。キノコはみんな毒があるって思った方が良い」
「ははは、もしかしてキノコ嫌いなの?」
そういう意味で言ったのではないが、微笑むアルフォスを見て、溜息だけが出てしまった。
再び地面に目を落とす。
焦げた木材の合間から、鮮やかな緑色の葉が覗いていた。手を伸ばして恐る恐る触れる。
葉は地中から生え出ているようだった。根掘りを取り出し、葉の周囲を注意深く掘る。意外に大きい根……球根を掘り出し、しげしげとリシアは眺める。
「なにそれ」
「鱗茎かな?ユリか何かかも」
土がついたままの球根を、自身の素材袋に仕舞う。後で父の書斎で調べてみよう。
「ねー、次行こうよ」
早々に痺れを切らしたのか、アルフォスはリシアに声をかける。少しでも探している素ぶりくらい見せてくれても良いのにと、リシアは批難の言葉を考える。
「地図を描くのを頼んでいい?」
「うん、いいよ」
二つ返事で承諾するアルフォスに、地図の事は任せる事にする。
奥へ進むと、以前と同じ広い空間が現れた。ハチノスタケを何本か拾って、周囲に何か目ぼしいものがないか確認する。
入り口付近と同じ、茶色のキノコ以外は特筆すべきものは見つからなかった。
「次の通路行きましょ」
「うん」
元来た道を戻り、第五通路の本道に出る。すぐ向かいの小通路に入ると、先程の通路では見つからなかった目にも鮮やかな青色の変形菌が壁にへばりついていた。
「アジサイホコリ」
「あじさいほこり、ね」
リシアが述べた種名を、アルフォスは地図に書き込む。薄い紙を小物入れから取り出し、壁から削いだ変形菌を包む。
アジサイホコリから抽出される染料は試薬にも用いられる。医薬品の材料は買取価格も安定しているから、見つけたら採取しておくべきだ。
周囲を見たところ、他に鮮やかな青色は見つからなかった。本来ならもう少し深部に生息していると文献で読んだことがある。たまたま通路の入り口付近まで這い出て来たのだろう。
「気味が悪いいきものだね」
「そのいきもので染めてる服、一着は持ってるんじゃない?」
アジサイホコリで染めた布は、その鮮やかな発色から珍重される。高価な貝紫の代わりに用いる貴族も今は多いはずだ。
「きみ結構意地悪だよね」
アルフォスが不満気にそう言った。その言葉を聞いて、少しリシアは内省する。
一緒に行動をする人間が変わって、慣れていないのだろうか。今日は妙に細かな事が気にかかる。警戒にしろ、これから付き合っていく班員に対して今までの態度は良くないだろう。
「……ごめん、嫌な言い方だった」
「それよりさ、奥行こう。ホコリもカビも無いよ」
リシアの謝罪に被せるように、朗らかな声音でアルフォスは歩みを促した。
一瞬リシアは何を言おうとしたかを忘れて、
「……うん」
おとなしく、アルフォスの言葉に頷いた。




